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 霧絵が聞いたのは、空耳ではなかった。

 鋭く厳しい掛け声に続き、幾重にも連鎖する銃声――それが目前の憑獣に向けてだけでなく、旧工業団地跡の至る所で鳴り響く。瑞穂たちが昨夜目にしたヤクザによるものとは別次元の、訓練を受けた武装集団による銃撃。十を超える憑獣がたちまち無力化され、

「真崎元博が、汝に焔の名を与う

      《――されば汝に仇名す敵を、我が躯は抱き擁く》」

「 臨 兵 闘 者   皆 陣 列 前 行!」

「囁く者ども、蠢く物ども、我が陰影に潜みしモノドモ

                 ――現ワレ出デテ、敵ヲ喰ラヘ!」


 残された憑獣も、唱えられた三様の呪言が鎮圧する。

大型バイクによる機動力と、バラバラな術派様式。そして何より独特のフォルムを持つ短機関銃、P90を標準装備している呪術部隊など、警魔庁でも一つしかない。


「武田組!」「霧子さん!」「「キーリ⁉」」


 直奈に、佐々野に、そして瑞穂と庵美に呼びかけられた指揮官と思しき女性は、倒れ臥している霧絵の脇にバイクを寄せて、


「おかあさ……キリコ!」

「ったく、なーに馬鹿やってんだか。大丈夫か?」

「こんなの――全然ヘイキだもん!」


 慌てて起き上がり、強がって見せた娘の姿に、警魔庁第九強行捜査班、通称『武田組』班長、町村霧子(旧姓、武田)は満足げに頷いた。

 唖然としている研究所所員、警魔庁職員たちに振り向いて、


「状況は、さっき電話で佳津子さんと汐瑠間さんから聞いた。此処に集まってくる憑獣は俺の部隊が片付けているから安心してくれ。

 にしてもミズホに、それにイオもか」

「――お久しぶりです」

「はは、十九年ぶりだ。この面倒が終わったら、三人で一杯やろうぜ!」


 自動二輪に跨ったまま周囲の警戒を警戒している部下たちに首を戻し、


「第一隊は此処を保持、第二隊から第五隊で残ってる憑獣を掃討しちまえ」

「押推!」

「真崎、細かい指揮はお前から出せ。気張れよテメーら!」

「合点承知!」


 真崎と呼ばれた副官が、旧工業団地中に展開している部隊と無線で連絡するのを確認し、オートバイから下車した霧絵は改めて甲次郎に視線を向ける。


「で、だ。その間に俺は、こっちの馬鹿を捕まえてやんねーとな」

「できると、思いますか?」


 そう問うた甲次郎は、既に二十体以上の憑獣を術式に取り込んでいる。右手を中心に展開された多重障壁でマントのように全身を覆い、その先端を憑獣の爪牙を模した矛として実体化させている。


「ッハ! 俺を誰だと思ってるんだ?」

「いや、一人じゃ無理だろ」


 色気皆無の夫婦の会話に迂闊にも口を挟んだブルは、馬に蹴られる代わりに霧子の頭からムギュと乱暴に掴み上げられた。


「お前も手伝うんだっツーの。霧絵、ちょっと返してもらうぜ」

「え、でも、私もまだ戦え――」「ダーメだ」


 言い募ろうとする霧絵を、拳骨一つで黙らせる霧子。斜めにかぶり付けたブルに登録しておいた装備を呼び出させつつ、娘へ諭すように言う。


「相手との実力差は、きちんと認識しろ。さっきみたいな無茶やるんじゃ、もうブルは貸してやれねーぞ。それにそうじゃなくても――これは、俺とコウの問題だ」


 半分は母として、残りの半分は女として言った霧子は、光弾射出用の銃型創具を左手に握る。同様の機能を果たす機動砲塔二基を空中に浮かべた彼女は、右手に持ったP90短機関銃を甲次郎に一連射した。

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