7
混沌が生じていたのは、無論オフィスだけではなかった。むしろ情報の入手経路が限定されている部屋よりも、現場である廃工場の方が錯綜具合は深かった。複数の勢力が勝手に動き、しかも各勢力内でも思惑は統一されていないのだから、当然といえば当然だった。
廃工場で術式を起動し、同時に武蔵ヶ原中の憑獣を顕在化させた町村甲次郎。呼び寄せている憑獣を術式に喰らわせ、霊力炉の封印を解くのが彼の目的だ。
彼と直接対峙しているのが、久間瑞穂と弥嶽庵美。共同して甲次郎に当たっているが、むしろ押されている感がある。甲次郎に取り込まれる危険から庵美の幻獣が自由に動けないことが、彼女たちのネックとなっていた。
戦闘状態にある彼らを、近くの物陰から窺っている第三勢力――調査研究所所員と警魔庁捜査員だ。瑞穂たちに味方しようということだけは決まっているが、具体的方法は固められていない。
夏端と佐々野は瑞穂への個人的感情から直ぐにでも介入したがっているが、直奈と切継は横槍のタイミングをもう少し見計らいたい。荒事が苦手な宏美は目を白黒させるばかりで、既に及び腰の郁人に至ってはどうすれば上手く(しかも理絵さんにボーナスカットされないで)逃げ出すかしか考えていない。とはいえ状況を最も俯瞰的に把握できているのも、そんな怯懦に駆られている彼だった。
「あれが、憑獣ってやつかよ……」
明確に震えている郁人の声。半分崩れたブロック塀から覗かせた視線の先では、軽自動車ほどの大きさを持つ四足獣が闊歩している。
「あちらにもいるのです」
簡易結界を構築し終えた直奈が彼に教える。指差したで
「此処に集ってきてるっツーのは法螺じゃねーってことですかい」
だとするともう少しで此処は、百鬼夜行の開催地だ。
小さく口笛を吹き鳴らしつつ、郁人は小型草食動物のようにキョロキョト周囲を確認する。特に逃げ道である背後を重点的に――故に彼が、瑞穂に迫る憑獣に気付いたのは、先にそれを見付けた佐々野が立ち上がった後だった。
甲次郎の攻撃を躱した瑞穂が、たたらを踏む。猿獣型の憑獣が、彼女の背後から顔を出す。それに気が付いた佐々野が反射的に立ち上がり、
「瑞穂!」
続いて、夏端が声を張り上げる。
立ち上がった佐々野はそのまま飛び出し、取り出した札へ呪言を唱える(今、佐々野さんが憑獣の方に――)。
戦闘態勢を取る彼に、つられて夏端も後へ続く(って玲冶さん⁉ あんたまで!)。
だが、間に合わない。ようやく走り出した夏端は勿論、佐々野が打った式にも距離があり過ぎる。
夏端の声で振り返った瑞穂はようやく憑獣を確認するが、崩した態勢では対応できない。
長く伸びた鉤爪を振り上げた猿獣型憑獣は――
「コッッッッノ、クソオヤジー!!!!!」
それを振り降ろすより前に、飛来した光弾に撃ち貫かれて霧散する。
貫いた後の光弾の軌跡と、直前に発せられた大声。そこから発射地点を推測した郁人は、二区画向こうの廃工場に放置されているクレーンを仰ぎ見る。オフィスに残った捜査員が『新たに大きな霊素反応』を感知したその場所には――巫女服とゴシックファッション、全く異なる服装に身を包んだ二人の少女が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます