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「でもその久間瑞穂ってやつ、本当に信じられるわけ?」


 人口密度が低下したオフィスで、佳津子は理絵に問い掛ける。

 更にフランクになっている口調は、先ほどまでしていた話のせい。理絵の提案に唖然とさせられた佳津子にとって、この話題は意趣返しの意も持っていた。


「私には、町村甲次郎の協力者にしか思えないんだけど」

「なんでそうなるんだ?」


 手持無沙汰に腰掛けていた田込雄二が口を挟む。現場に向かわせたものたちがまだ到着していない以上、現状を再確認するくらいしか彼等に出来ることはない。


「論理的帰結よ」


 田込にというより調査研究所の所員たちに向けて、佳津子は言う。


「憑獣事件の首謀者が、町村甲次郎であることは間違いないわよ。彼の目的は、『武蔵ヶ原の十三夜』の時に封印を施された霊力炉の完全解体

 ――気持ちとしては、分からなくはないわ。なにせ兄の魂が、炉の中に封じられたままになっているっていうんだから」


 彼女の前提確認に、部屋の者たちが頷く。調査研究所の所員たちが若干首を傾げているのは、まあ仕方がないだろう。彼らは皆、昨夜か今朝に呪術の存在を知ったばかり。『魂が霊力炉に封じられている』なんて状況、上手く想像できなくて当然だ。


 でももし、彼らの協力を得られていなかったらと、考えて理絵は愕然とする。


 調査研究所と情報を共有化していなければ、憑獣顕在化が人為的なものかどうかも確信を持てなかったはずだ。彼等の協力がなかったら、甲次郎による佐々野監禁も別の事件として扱っていたかもしれない。

 つまり現状における警魔庁の捜査能力は相当に稚拙で、だから理絵さんの先ほどの提案は悔しいがやはり渡りに船だったのだ。


「たとえ気持ちは分かっても、霊力炉の解体なんて絶対に認められないんでしょ?」


 動揺を見透かしているように、理絵が佳津子へ続きを促す。


「当然よ」


 彼女を軽く睨めつけてから佳津子は頷いた。


「霊力炉を完全に解体するためには、封印を一端解除して起動状態に戻す必要があるわ。多分甲次郎は、顕在化させた憑獣のエネルギーを炉に注いで封印を食い破らせるつもりね。

 でもそんな強引な方法、周囲にどれだけの被害を出すか分からない。それにもし成功しても、霊力炉が再起動して十九年前の二の舞だわよ」


 たとえ完全解体するまでの僅かな間であっても、封を解かれた暴走炉が齎す被害は計り知れない。


「だからコッチの行動指針は、甲次郎を捕えて霊力炉の封印を維持すること――」

「それで問題になるのが、瑞穂の馬鹿が何を考えているのかってことだな」


 パイプ椅子の背凭れをギシギシと軋ませながら、田込が応じた。


一昨日おとといの夜に顕在化したっていう、何だったか、ああ、……(憑獣です、と奈織が進言する)……そう憑獣。それと対峙したのもアイツなんだろう?」

「そうよ。その後すぐに、一緒にいた佐々野は甲次郎に捕らわれているわ。

 彼女自身は翌日出社したものの、午後には甲次郎と会う為に半休を取得して、以後の消息は不明。だとしたら今も彼女は甲次郎と一緒に居ると考えるのが普通じゃない?」

「一緒にいるからって、協力関係にあるとは限らないでしょう。百人単位の死傷者を許容する性格してないくらい、一緒に仕事してれば分かるわ」

「だったら予想される被害を甲次郎から知らされないまま、口車に踊らされているってことは、」「それこそ、あり得ないわよ」


佳津子が最も高いと考えていた可能性を、理絵は一笑した。


「あのバカ、呪術のあれこれを二十年近く前から知ってんだろ?

 なら知って一日の俺たちが推測できるような不審点に、気付けねーはずが無い」

「ですが瑞穂のことですから」「気付いていない振りはしているのかもしれないね」

「あーあ、全部自分で解決するつもりで、騙されたと見せかけて甲次郎に従ってると……」


 有り得るわねーあのバカなら、と理絵は所員たちの意見に嘆息する。実際彼女たちの予想は、ほぼ事実と等しいものだった。


 瑞穂について確信に近い考えを共有する研究所所員に対し、警魔庁捜査員たちの方は未だ半信半疑状態だ。彼らを代表して、佳津子が理絵に言う。


「……そんなことを考えられる奴だったら、何でバカ呼ばわりしてんのさ?」

「そういうことを考えて、一人でやろうとするからバカなのよ」


 彼女へ振り向いた理絵が、顰め面で答える。


「研究所が武蔵ヶ原の調査に着手した段階で、呪術とかの面倒事を私たちに明かしてくれてたなら、今陥っている面倒事は一切省けていたはずだもの」

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