3

 顕在化した六体の憑獣が、廃工場に並び立つ。

 庵美の率いる幻獣三匹が、彼らへ牙剥き毛を逆立てて、


「待って」


 幻獣たちの破壊衝動を解き放とうとした庵美に、瑞穂の声が掛けられる。


「待つ理由が、在りますか?」

「ええ、イオには無いわね」


 パイプ塔中段を見上げた庵美への、瑞穂の答えは率直なものだった。


「信じてもらうのが、難しいってことも分かってる。けど――お願い」


 折れ曲がった落下防止柵の、上に佇立する彼女。増幅器が填められたその右手には、大気に屈折が生じるほどの高濃度霊素が既に凝縮されている。

 信ずべき要素なんて、微塵もない。ただ顔を強張らせた瑞穂が自分に向けている視線を、庵美は何処かで見たことがあるような気がした。


––––何処で、だろう? いつ、だったか? 


庵美に呼びかけた瑞穂に対し、甲次郎が僅かに眉を顰める。


「説得は、無理だと思いますが」「ええ、分かってる」


 起動している魔方陣を庵美から守るように前へ踏み出した甲次郎へも、瑞穂は躊躇せず頷く。


「私も、話して分かってもらうつもりはないわ」


 だから、と言葉を途切れさせた彼女は、柵の前へと足を踏み出した。

廃工場のパイプ塔。セメント加工の為に築かれたそれは、二十m余の全高がある。その中ほど、瑞穂が位置していた場所も、十mはあるだろう。通常なら生死に係る高さだが、瑞穂は無論投身による自殺志願者ではない。闘衣によって強化された体躯を空中で制御した彼女は、右手に集めた霊素を実体化するまで圧縮し――自身の落下エネルギーごと、甲次郎の背後に描かれている魔方陣に叩きつける。


 酷く怯えて、泣きかけて、なのに強がりしっかり前を見据えて。

 彼女の浮かべている表情が、あの十九年前の夜と同じものであることを、庵美は唐突に思い出す。


 地面に印されていた魔方陣――顕在化した憑獣を糧として・・・・・・・・・・・・霊力炉の封印を解く・・・・・・・・・はずだったそれが、機能を失い自壊した。


「どういう、つもりですか」


 自身の魔方陣の残骸を振り返り、甲次郎は瑞穂に問う。


「見てのとおりよ」


 応じた瑞穂が、そのまま後ろに跳び退る。甲次郎が右手を挙げ、そこに刻まれている術式に二、三節の呪言を与える。制御用術式が発した命令に従って、庵美と対峙させられていた憑獣が、甲次郎を守るべく円陣を築く。瑞穂をも警戒する憑獣の態度に、庵美は自分も甲次郎も彼女に騙されていたことを理解する。


「『十三夜』のようなことを、再び起こすわけにはいかないわ」

「……いつから、気付いていたのです」

一昨日おとといの、喫茶店で話を聞いたときよ」

「はじめから、ですか?」


 予想外の事態にすらも淡々として見えた甲次郎の、瞳が初めて見開かれる。


「わたしゃさっきミズホに言われるまで、全然分かってなかったんだけどねー」


 瑞穂の右手に嵌められたイツデが、自虐するように言った。

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