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「反応、再びありました! さっきよりも大きいです!」


 計器を覗き込んでいた警魔庁鑑識要員の声が、部屋に響く。


「こちらでも、確認できました!」


 霊素の乱れを辿っていた御乃津直奈も、ほぼ同時に声を張り上げた。


「場所は、あと感じ取れたのは憑獣だけ?」

「旧工業団地のD‐2ブロックです」「明らかに、憑獣以外の反応も混じっているのです!」


 汐瑠間理絵の問いに、答える。パソコンを操作した琴樹奈織が旧工業団地の地図を映し出し、鑑識要員が詳細な反応場所を指し示す。

 もはや疑うまでも無く、捜査の主導権は完全に汐瑠間理絵が握っていた。


 一番文句を言いそうな警魔庁捜査班のトップ、蘆北賢蒔の姿は既にない。十数分前、今夜初めて顕在化した憑獣が感知された段階で、彼はその現場へと急行している。

 もちろんそれは、彼が『捜査責任者として取るべき行動』を選択した結果なのだが――傍から見れば、そうするように仕向けられたのは瞭然だ。蘆北が部屋を飛び出した後、理絵は佳津子とそっと目配せを交していた。


「どう見るの?」「そうねー」


 試すように問う佳津子に、理絵は少し考えて、


「事件の全容は、だいたい分かったわ」


 続けられた彼女の言葉に、佳津子が目を向いた。


「でもそれって、現状じゃあんまり役に立たないのよね。

佐々野さんが脱出したのは、顕在化事件の犯人側にとっても想定外のはずなのよ。これで捜査陣容は大幅強化されちゃうはずでしょ?」

「ええ。『町村甲次郎』の名前が挙がった時点で、『第十強行捜査班』の派遣を本庁に要請しているわ。今夜は別件で出払っているらしいから、到着は明日になるけど――」

「相手もそれが分かっている以上、今夜中に何らかのコトを起こすはずよ。ただその規模が、昨夜程度に収まるはずがないんだから、初めに感知した憑獣は九割九分が陽動ね」


 なのに蘆北を向かわせたのは、放置するわけにもいかないから――というのはもちろん建前で、彼がいない方が話を進めやすい為だということは、残っている全員にとっての暗黙の了解だ。


「ただ、今の反応が陽動かどうかなんて私じゃ判断できないのよね」


 何しろ理絵は、呪術の存在を昨夜初めて知ったばかり。基礎知識すら満足に習得していないのだから、霊素反応の大きさから囮かどうかを見分けられるわけがない。


「なにか、思い付いた人いない?」

「おう。その反応があったって場所、ちいっと確認させてくれ」


 周りを見回した理絵に、田込雄二が応じた。


「旧工業団地のD‐2ブロック……奈織、此処の工業団地開発が行われる以前の状況は分かるか?」

「その位置だと、商店街近くの神社が置かれていた場所です。ただし十九年前の震災で倒壊し、そのまま放置されていた――ことに、記録ではなっていますが」

「直奈! 『武蔵ヶ原の十三夜』で暴走した霊力炉の場所って、」

「! すぐ本庁に問い合わせて確認しま――」「いえ、その必要はありません」


 佳津子に応じる御乃津直奈の声を、佐々野浩志が遮った。


「その神社が『十三夜』で暴走した霊力炉の封印地点です」

「監視対象に関係する情報は、きちんと集めてあるってわけだね」

「監視、ではなく――護衛対象です」


 嫌味を込めた光澤こよみの発言を、佐々野が訂正する。

 彼の反応に夏端玲冶が複雑そうな視線を向け、彼の想いも考慮に入れたうえで理絵は言葉を紡ぐ。


「だったら七~八割方の確率で、そこが本命かしら」

「それすら陽動の可能性も?」「想定するわよ、当然。だから全戦力を投入するわけにもいかないけど、『町村甲次郎』も瑞っちのバカも、そこにいる可能性が最も高いわ」

「じゃあ、誰に行かせるの?」「そうねえ……」


 佳津子の問いに考える振りをする理絵だが、既に人選の起草は出来ている。


「佳津子さんは、念のため此処に残ってもらったほうがいいわね。

 だから直奈さんと、切継さん――あと、佐々野さんも行く?」「もちろんです!」


 勢い盛んに、頷く佐々野。そこに紛れた瑞穂への想いを正しく読み取った夏端玲冶は、


「ってことは、レイジも同行ね。此処との連絡役をお願い」


 それすら見透かした理絵の言葉に、更に顔を渋くしつつ頷く。


「あの、私も行かせてください!」


 あとは、と息を付いた理絵に、宏美が直願した。


「……ミズホのことが、心配?」「はい!」


 真っ直ぐ答える宏美に、理絵はフムと考えて、


「いいわ。ただし携帯は常に此処と繋げておいて、警魔庁の人たちの邪魔にならないよう気を付けること。

 あと郁人も一緒に連れてって、彼が退こうとした場合は絶対に従いなさい」

「って、俺も行くんですか⁉」


 いきなり振られた苅野郁人が、仰天する。


「あら、怖いの?」「……っは、まっさか!」「じゃあ問題ないわね。それと――」


 素早く了承を取り付けた理絵は、そのまま彼の首に腕を回す。耳元に口を寄せ、小声で言う。


「逃げ出すときは、必ずレイジとミッシーも一緒に退くこと。もし破ったら、」

「破ったら?」「ボーナス減額するわよー」「ンゲ!」


 所長特権を振りかざす理絵に、郁人が苦虫を潰したような顔をする。

 チンピラ時代の名残りが未だ色濃い彼も、もう既婚者。家や車のローンもあるし、そろそろ子供だって欲しいと考えているので、給料袋を抑えられては逆らえないのだ。


 指名された警魔庁捜査員、調査研究所職員たちが、駆け込み足で出発する。サラリーマンの悲哀を背中で醸し出す郁人がその最後にスゴスゴと続き、彼らを見送ったオフィスはようやくのことで一息つく。奈織がコーヒーのお替りを入れるため立ち上がり、警魔庁の鑑識班職員たちも思い思いに姿勢を崩す。


「打てる手立ては、全て打ったって所かい?」


 部屋の雰囲気の変化を察して、佳津子も小さく伸びつつ言う。理絵に向けたその言葉には、明確な賞賛が含まれていた。


「ええ。もう人事は尽くしたから、後は天命を待つだけかしら」


 悪戯っぽい響きの返答。けれどそれを見返した佳津子は思わず息を呑む。

 微笑む理絵の眼差しは、とりあえず一段落付いているオフィスの緩みを微塵も映さず、


「でも待つだけっていうのも暇だから――ちょっとこれからのお話をしてもいいかしら」


まるでそれこそが本題であるかのように、佳津子の瞳を覗きこんだ。

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