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佐々野浩志は囚われていた。だから佐々野浩志は火を付けた。
敵のやり口は巧妙だった。久間瑞穂のアパートに向かうべく仲間と分かれた佐々野を強襲。それなりの使い手であるはずの彼を呪術であっさり打ち倒し、駅前ホテルの一室に監禁した。
監禁と言っても佐々野は、縛られたわけでも繋がれているわけでもない。
彼に唯一施されたのは、心理に対する一つの縛り――『部屋からの脱出を図る行為の禁止』。身体に直接危険を及ぼすものでない故に、気絶状態にあった彼はその心操術に抗し切れなかった。
此処が何処なのかは、ベッド脇に置いてあったホテル案内のパンフレットで確認できた。シャワーも使えるしテレビも見られる。フロントにルームサービスを電話で頼むことも可能だ。だが廊下へのドアを開けて一歩踏みさすことは能わず、外線に掛けようとしても電話番号の最後の一桁へどうしても指が伸ばせない。
助けが来る可能性は無い。
単独任務という特性故、佐々野が囚われていることすら仲間たちは認識していないだろう。このまま彼を事件の蚊帳外に置くことが、敵の狙い――部屋でじっとしていれば、二、三日で解放されるはずだ。呪術者には妙に情け深いという『打ち棄てられた呪術者連盟』らしいやり方だった。
――だが、冗談ではない。
改めて部屋を見回しつつ、佐々野は己が想いを強くする。
祖父のコネにさえ頼って掴んだ任務を、失態のまま終わらせられない。そして何よりも彼女の為に、こんなところに留まったままでは居られない。だが此処から脱出する手立ては見つけられなくて――ああ、ならばもういっそ、と、彼は自身の思考を負の方向へと意識的に誘導する。
佐々野を捕えた『連盟』の過ちは、久間瑞穂に対する彼の情念を甘く見積もったことだった。
昔祖父から話を聞いた、憧れの人。実際にこの目で見て、ますます好きになった。彼女は自分の名前すら知らないはずだけど、でも彼女を守るのは自分の役割だ。それを果たせないくらいなら死んだ方がましだから――だから佐々野は、
マッチに火を付け、ベッドカバーの上に放る。新聞をくべられた燈火が、たちまち炎へと燃え育つ。それは自棄から来る凶行で、だから『部屋からの脱出を図る行為』には当たらない。
火災感知機が作動して、警告音が鳴り響く。
聞き付けたホテル従業員に救助されるか、あるいは差し迫った危険を前に心操術が解除されれば、部屋から出ることが出来るだろう。共に叶わなければ本当に焼死するかもしれないが、まあその時は仕方ない。
火災がホテルや他の宿泊客に齎す被害など、佐々野にとっては酷く些細なことだった。
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