間章

1

 シャロル・クライアスの人生は、敗北で彩られている。

 そして今もまた、彼女の経歴には新たな屈辱が書き加えられた。



 同輩である鶯正鋭から襲撃の報告を受けてから、未だ一時間半ほどしか経過していない。にもかかわらず、『砦』の機能は八割方が喪失していた。

 奇襲では、無かった。

 生まれ故郷である北欧の農村から攫われた時や、第二の故郷となった『シャリス』が呆気なく瓦解した時のような、予期せぬ襲撃に突然晒されたわけではなかった。むしろ攻撃があることは数か月以上前から予定され、その為に入念な対策も築き上げてきた。

 十数名の仲間たちの呪術特性を配慮し、最良と言える役割分担を取り決めた。術式に必要な各種素材も、切迫している資金をやりくりして確保した。シャロル自身も、『砦』の内外に合わせて五十を超える幻影術を施した。鶯の傀儡人形と組み合されたそれは、呪術者への大きな脅威になると彼女は確信していた。

 考え得る限りで万全の迎撃態勢が整えられた――はずだった。


 甘かった、としか言いようがない。


 敵である『武田組』は、シャロルたちに正面から挑むようなことはしなかった。

 幻影術は短機関銃の乱射撃により術式基盤を破壊され、術式トラップは大規模呪法によって押し潰された。通常の警魔庁捜査班ならば到底考えられない、力任せの強襲撃。悪夢のような、そして嵐のような騒乱は小一時間ほど継続し、始まった時と同様に突如として鳴り止んだ。

 それは陽動というシャロルたちの役割さえ、警魔庁第九強行捜査班に露呈していたという事実を示していた。



 改めて、周りを見回す。

 崩壊した天井や撃ち放たれた銃弾、そして行使された呪術式で傷付いた仲間たち。死者こそ出ていないものの、彼等の救出・介抱に手を取られては、撤退した『武田組』の背後を脅かすことなど到底不可能だ。彼等は易々と、本命である武蔵ヶ原へ向かうだろう。対するこちらは……


「――シャロル」


 叱責の色を含む、鶯の小声で我に返る。

 鷹揚な演技で彼に振り向き、労うような声を掛ける。


「ええ、鶯も――それに皆様も、お疲れ様ですわ」


 肉体的にも精神的にも、今の自分たちは満身創痍。リーダーであるシャロルが少しでも挫ける素振りを見せれば、間違いなく組織としての瓦解を起こす――彼女を素材として扱った宗教結社、『シャリス』がそうだったように。

 だからシャロルは身を包んでいる赤ドレスを得意とする幻影術で栄えさせてまで、むしろ勝者のように立ち振舞う。


「忌々しい武田霧子の手勢を押し留めるという当初目標は十二分に達成いたしました。あとは此処の収束が付き次第、わたくしとこの鶯で甲次郎への助力に赴きます。

 全ては、予定通りですわ」


 彼女の微笑みに、小さいながらも湧く歓声。傷付き倒れ臥していたものたちが立ち上がる。


 確かにシャロルの人生は敗北で彩られていた。だがその屈辱を受け入れることは良しとせず、絶望的な抵抗を繰り返し続けてきた。幾度打ち棄てられようとも諦めることだけはしなかった。


 何度敗れても、また立ち上がる彼女の在り方――それはむしろ、強さと呼ぶべきものだった。

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