4-2

「でも、さっきの人たちってなんだったんだろう?」


 転倒の痛みからようやく立ち直った美那に、霧絵がたずねる。


「管狐の口牙は、隙を付いたはずなのに男の人に完全に打ち破られました。女の人も、憑獣の多重障壁を……」

「うん、一撃で貫いていた。技量的にはたぶん私たちよりずっと上だよ。あの人たちが憑獣を召喚したんだとしたら、」

「でもそれなら、どうして憑獣も攻撃したんでしょうか?」

「じゃあなんで、私のことも追ってきたの?」


 封印しようとした憑獣との間に、突如現れた二人組。彼等はいったい何者なのかと首をかしげる霧絵と美那に、キャスケット帽のブルが口を挟む。


「むしろ、何の関係もねーただのおせっかいな人間だったりしてな」

「まさか。だってそんな偶然……」

「お前らだって、似たようなもんだろ。地霊脈の通ってる神社の近くにたまたま警魔庁職員が引っ越してきて、その娘同士が一緒に妖怪退治を始めました。そんなこともあるんだから、そこにべつの呪術者が通りかかってもおかしくないぜ」

「じゃあその無関係のひとが、なんで私のことを追いかけてくるのよ?」

「じつはお前のお袋の同僚だった、っていうのはどうだ」

「――あ、そうか」


 ブルの言葉に霧絵が頷く。確かに憑獣の鎮圧も、無登録魔法少女の保護も、警魔庁の行動原理には合致する。


「で、だとしたらどうするよ」

「え?」

「あの二人が職員関係者だったとするなら、今夜のことで警魔庁は事件を把握したと考えたほうがいい。だったらおとなしく手を引いて、あとの処理は庁まかせにするっつーのも一つの手だぜ」

「それは……」

「そうする、べきではないでしょうか」


 戸惑う霧絵、よりも更に思い悩んだ声で、美那が言った。


 自分の学校が発生源であるこの事件に、もっとも責任を感じているのは美那である。だがその一方で、霧絵とブルを巻き込んでしまった、という思いも彼女には強く在る。むろん彼女は思っていることを上手く隠せる人間ではないので、その考えは霧絵も承知していた。


「ねえブル。もしあの二人が警魔庁の人間だったとしたら、この事件に私が関わってることってすぐに母さんに知られちゃうかな」

「いや、そりゃないな」


 半ば美那を遮ってなされた霧絵の質問に、即答するブル。警魔庁を支配する秘密主義とその弊害を、彼は実体験として知っている。


「あそこの情報伝達は上から下への一方通行で、ヨコのつながりってモノがない。『武蔵ヶ原で事件が起きた』って情報を入手しても、それを他の有用な情報――たとえば『武蔵ヶ原に《武田組》組長の家がある』っていう既存のデータと結び付けることはできねんだ」

「それじゃあ、警魔庁が事件の存在を認識しても私や美那のことまでは……」

「把握できない、断言するぜ」


 どこか苦々しげでもあるブルの返答を聞いて、霧絵に向けられていた美那の瞳が揺れる。彼女に生じた動揺を、霧絵は見逃さなかった。


「それなら、さ。私たちの封印作業、もう少し続けたほうがよくないかな」

「でも……」

「警魔庁が捜査に着手しても、すぐに事件を解決できるとは限らないんでしょ。なら、やれることがあるんなら、やっておいたほうがいいと思う」


 美那が事件に抱く責任感を、霧絵は意図的に刺激する。卑怯であることは、承知している。霧絵が事件に対して本当にするべきことは、自分が知っている全てを母に話すことなのだから。


「――ずるい、です」


 霧絵の縋るような眼差しを受けて、美那が言う。彼女の声には、拗ねたような響きがあった。


「うん、ごめん」


 美那の陥落を確信し、霧絵は謝罪する。美那が許してくれるのは分かっていた。彼女もまた本当は、自分たちだけで事件を解決したいと望んでいるから。美那の思いを理解して利用し、そのくせ彼女のことを頼る。そんな自分自身について、謝らずにいられるほど霧絵は強くはない。


「警魔庁による捜査が軌道に乗ったと、確認できるまでですよ」


 そう言う美那は無理に年上ぶっているようで、けれどもどこかうれしそうであることを隠しきれていない。


「うん、分かった。じゃあ、明日もまた同じ時間ね」

「待ち合わせの場所は、念のために変えておいたほうがいいぜ。今日の憑獣が寄生してたやつの近くだと、警魔庁が網を張っている可能性がある」

「ええ、そうなの?」

「検問だとか地域封鎖だとか、ほとんど意味のない規則だけは無駄に律儀に守りやがるからな……本当に必要な部分には、いつまでたっても手が回ってないくせに。典型的なお役所主義だぜ」


 いつにも増しての辛口なブルに、霧絵と美那は顔を見合わせる。


「ブルさん、警魔庁となにかあったんでしょうか」

「うん……昔は母さんに憑いていたっていうから、その時のことだと思うけど――」

「それと、キリエ」

「は、はい⁉」

「今日は歩いて帰れよ、『飛ぶ』のは禁止だ。向こうの通りに大型車が三台、たぶん警魔庁の鑑識班だな」

「それでは、私たちがここにいるのもばれたらまずいのでは?」

「そうだね、じゃあもう帰ろうか」


 リュックサックを背負いなおし、霧絵は美那の手を引いて言う。ブルが車を感知したという方向を一瞥していた美那も、霧絵に微笑み頷き返す。街灯も照らさぬ細い路地を、並んで家へと進む二人――いや、正確には二人と一台。


「それにしても……警魔庁はともかくとして、ありゃあミズホだよなぁ」


 背が低いほうの少女が目深に被った増幅器、彼が漏らしたその呟きは、他の二人に気付かれることなく路地の暗闇におちて消えた。

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