四幕:押し売りの善意


 雪がちらついてくる季節のこと。木の葉はとうの昔に枯れ、いきゆく人々は首を竦め、コートのポケットに手を入れながら道を歩く。マフラーや手袋が欠かせないような寒さになってきた。

 窓からは寒そうに顔を顰めた人々が行き交う姿と、反射した自分の冴えない顔がよく見える。テーブルの上に乗っているのは、薄くなったオレンジジュースと食べ終えたポテトの皿。室内には男女が仲好く談笑する声や、子供の楽しげな高い声が響く。僕はとあるファミレスで時間を潰していた。というのも学校に行く際に家の鍵を忘れてしまい、家に帰れなくなってしまったのだ。僕は父と二人暮らしをしており、父は夜遅くまで仕事をしているため家に帰るのが遅い。そのため父にはファミレスに居ると連絡をして、待機しているのが現状だ。明日に提出しなくてはならない課題はもうすっかり終えている。そこで僕は頬杖をついてぼんやりとスマートフォンをいじっていたのだが、隣から突如「申し訳ございません!」という焦燥感に駆られている男性の声がしたため、一気に現実に連れ戻された。どうかしたんだろうか、と窓の反射を利用して隣を覗き見ると、電話越しだというのに必死に頭を下げているサラリーマンの男がいた。その隣にはやっちまったな、とでも言わんばかりの顔をしている先の男性よりかは幾分か年を経ているサラリーマンの格好の男性がいた。彼はどこか浮世離れしており、僕が訝しげに思いながら彼の姿をじっと見ていると、彼の方も気が付いたのか手を振ってきた。あ、これは妙なものと関わってしまったと、内心ため息を吐く。

 生きている方の男性は深々とため息を吐きながら席を立って行った。「なんか左肩が重いんだよなあ」なんて言葉をぼそりと呟き、肩を揉みながらどこかへ向かう。男性がいなくなったのを見計らってか、彼は僕に声をかけてきた。

「ようよう、お前俺が見えんのか?」

「ええ一応は」

「そりゃあ嬉しいねえ、俺が見える人なんて滅多にいないもんだからさ」

 あなたの左肩が重いのは、十中八九この人のせいですよ。囲いからにゅっと顔を出してきた男性は嬉しそうに笑った。その顔には笑い皺が無数にあり、一目見て人懐っこそうな人だなあ、と思う。

「ところであの人には付いていかないんですか? あなたあの人に憑いている途中ですよね?」

 はた目から見れば、虚空に向かって喋っている頭のおかしい学生に見えるだろう。僕は声をぐっと落として話しかける。

「流石にトイレまでに一緒に付いていかねえよ。バックも置きっぱなしだしな。あいつ、見ての通りすげえ抜けてる節があってさ。心配で心配で仕方がねえんだ」

「そうなんですか……」

「お前もさっきの商談聞いただろ? あいつ変なところでやらかしちまってさ。今から謝りに行くんだよ」

 いつの間にか僕の真向かいに移動した彼は、生きている方の男性と同じようにため息を深々と吐いた。まあ、俺が半分は悪いんだ。そんな自嘲するように笑った彼は僕が何も聞いていないにも関わらず話を続けた。

「俺、この案件の途中で過労死しちまって。俺がしてた仕事、あいつに全部押し付けることになったんだ。でもあいつ、見ての通り鈍くさくてよ、心配で心配で仕方がねえ。だから見守ってるんだよ」

「彼、かなり肩が重そうですけど」

「まあアレだな。あいつが一人前にならないことには俺もいけねえような気がするんだ。それまでの間、ついてやろうと思って。あ、いけねえもう来るわ。それじゃあな坊主、俺もちょっくら頭下げに行くからよ」

 生きている方の男性が戻ってきた。鞄を持って、「肩凝ってんのかなあ」なんて呟きながらレジの方へ向かっていった。「話出来て楽しかったよ、じゃあな」と彼は僕に手を振った。それに小さく会釈する。

 世の中にはお節介な人というのが存在していて、彼はその人に分類されるんだろうなあと考えた。まあ傍からその光景を見ていた僕にとっては、おつかれさまですなんて月並みで他人事のような言葉しか掛けることが出来ないのだけれど。

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