雨は止む
青海 光
第1話
この思いを例えるなら、雨、だろうか。
じめっとしていて、少し気分が重くなる。
始まりは、中学校入学式の日だった。その日は天気がよく、僕の心はまだとても晴れやかで。式が終わって教室へ移動し、黒板に書かれた座席表から僕の名前を探す。窓側の一番後ろ、教室が良く見渡せて気に入った。中学生になったら部活に入って、勉強もまあ程々にやって、そうだ、きっと好きな子とかが出来て、もしかしたら彼女とかも出来ちゃうんじゃないか。そんな想像を膨らませていると
「次、澤田くん。」
いきなり名前を呼ばれて現実に引き戻されたもんだから、僕は何を振舞うべきか分からずに固まり、目だけ動かし状況を把握しようとした。
「自己紹介だって。次、澤田の番。」
「んあ、はい。えっと僕の名前は澤田…」
隣のヤツが小声で教えてくれたので助かった。みんなありきたりなことばかり言うので、面白くない。まあ僕もそのうちの一人なのだが。
「趣味は、誕生日のカードを作ることです。なので私に誕生日を教えてください。」
一人の女子がそう言った。僕は「誕生日」という言葉に反応した。…今日、なんだけどな。この日に生まれてしまったのだから仕方がない。たいてい友達が出来ると誕生日を聞かれる。でも、もうその頃には必ず過ぎている。もう慣れたことだ。
僕は顔をあげ、自己紹介を終えて着席したその「誕生日カード」の女子の方を見る。一番廊下側の前から二番目。この教室は、窓際は明るいけど廊下側は暗い。彼女はその暗いところにいるが、満面に笑っているからか結構明るく見える。女子って色白いんだなー。白いセーラー服を着ているとさらに映える気がする。そんな時、その子と目が合った。おっと、まじまじと見すぎたか。僕は耳を赤くしながら目を逸らした。
それからだった。僕はその「誕生日カード」の子をよく目で追うようになった。いつ見ても彼女は満面の笑みを浮かべていて、肌が真っ白で。「誕生日カード」にも実はちょっと興味があった。カードってただのカードなのか?書く、じゃなくて作る?もしかしたら、「僕もう過ぎたんだけど…」って言えば作ってくれるのかもしれない。
美術の授業中に、彼女を見ていた。とても真剣に絵を描いている。横を通り過ぎるふりをして絵を覗くと、とても綺麗だった。こんなに綺麗な絵を描く人がいるのか、と言い過ぎかもしれないけどそれくらい綺麗だった。そしてその綺麗な絵を描く彼女にも、僕は目を奪われるしかなかった。
「好きです。」
唐突に、僕の口からしっかりと言葉が零れる。斜め下を向いた僕の目の前には、筆を持ち固まっている彼女がいる。言ってから気づいたが、僕は「気になる」と「好き」の違いがよく分からないらしい。僕は彼女のことが好き、なのか、そうか。
「…えへへありがとう」
目の前で、にっこりと笑っている。そんな彼女を見た瞬間、僕の顔が赤くなり突然恥ずかしさがこみ上げてくる。僕の想像していた告白された女子の反応と違う。少し困って焦って、ごめん…ちょっと考えさせて、とか言うもんだと思っていた。まるであれじゃあ彼女は僕の告白を本気だと思っていないみたいじゃないか。
それからのこと、僕は彼女に気持ちを分かって貰うべく、僕なりに好きな気持ちを表現してみた。女子は変化に気づかれると嬉しい、って言うから、彼女が僕の好みのポニーテールをしてきたときは「髪、いいね。」って言ってみたり、褒められたら嬉しいって言うから、「爪、綺麗だね。」って言ってみたり。彼女の誕生日は夏休みだったから、夏休み前に誕生日プレゼントとして熊のストラップをあげてみた。まあこれは僕が鞄に着けていたやつだけど。でも全部、彼女の返事は「ありがとう」と満面の笑みだけだった。
彼女の心は、僕がどう頑張っても動かないのか。ずっと明るくて、雲ひとつ見えない彼女。反対に僕の中ではずっと静かな雨が降ってるみたいだった。晴れを待つように。そうやって僕は、いつ来るかわからない晴れを待ちながら、長い長い雨を楽しんでいた。
彼女から、電話が来た。「好きです。」だそうだ。僕は「ありがとう。」と笑って答えた。でも僕の雨はもうとっくに止んでいたみたいだ。
雨は止む 青海 光 @Luger03247
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