第5話 『サボリ魔』

「今日という今日は逃がさないからな?」


先生に捕まってしまったテスト三日前の放課後。


今日もまた中央街のショッピングモールに行くつもりだったのに。あと十日もすれば月が変わる。月末にはお小遣いの精算があって残ったお金は貯金されてしまうのだ。だから今のうちに使い果たそうと授業中に夢の中で固く固く決意したのに……!


先生は問題集の回答編を丸めて持っている。


私はと言えば課題として出されたその問題集を解かされている。


「ねえ先生、答え見せて」


「は?ダメに決まってんだろ」


ポン。と軽く回答編で頭を叩かれた。


「いったーい。虐待だ!体罰だ!訴えてやる!」


「残念、5時を回れば定時を過ぎてるからOKなんですー」


「え、マジで」


「嘘に決まってんだろ」


ポン。とまた頭を叩かれた。


目の前の問題は英語で、しかも特殊なアルファベットにされてて、全く読めないし解けない。


「テーベ文字はIとJ、UとWがそっくりだから間違えんなよ」


あと省略しないと答えが複雑になるぞ?と言われて頭が混乱する。


魔術に憧れて入学したものの、魔力の欠片もない私は毎度毎度、計測不可能のerror、E判定を貰っている。


せめて学力で補わなければ私は進学が危うい。と言われたものの、魔術の使えない私に進学も何もあったものじゃないといいたいね!


適当に歪んだ円を書いて、テーベ文字?で答えを綴っていく。


魔力の欠片もない私には、何をやってもこの魔術は使えないのに。


大人になんて、なりたくない。


私は人間だから大人になってしまうんだ。

先生よりも、早く、死んでしまう。


心臓が冷たくなった気がした。












「手を止めてんじゃねえよ」


ポン。と頭を叩かれて、ふと我に返る。


「先生ってさ、何歳なの?」


「あぁ、……?、止まってから数えてるやつの方が少ないよ」


先生は指折りして数えたがやがて諦めたように頭を掻き、そう答えた。


そう、彼らは20歳から25歳のうちに成長が止まってゆっくりと年老いていく。


人間に毛嫌いされないために、美しい姿でいる必要があったらしい。


「先生より先に、死んだ生徒とかいた?」


笑っていた先生が真剣な顔になった。


「いたさ」


魔族や少なからず魔力のある奴は、死んだら還って行くからさ、死体も見つからないんだ。


そう先生は語る。

とても重い声だった。


「都市伝説のJackって奴?」


Jackとは、生徒達の噂話でよく聞く組織の話だ。


公務員のカードの中でも特別なカードで、重大な罪を犯した者を合法的に消してしまえるのだという。


黒いマントに白い仮面、得物は刀や拳銃などいろんな説がある。


単純に生徒に校則を守らせるために教師が作ったデマだと言う人もいた。


「さあな、Jackが本当に存在するかなんてカードの俺にも分からない。ひょっとしたら何かの事件や事故に巻き込まれたのかもしれない」


「人間で、先に死んだ人はいないの?」


ポン。と頭を叩かれる。


「俺はそんな年寄りじゃねえよ」



「でもさ、私みたいなのって先生より早く死ぬでしょ?」


「……そうだな」


そう、人と動物みたいなものだ。


人の一生より猫の一生が短いように、魔族ははるかに人より長く生きる。


抗えないし、変えられないルール。


「ってかサボってんじゃねえよ」


ポン。と頭を叩かれる。


「なんで先生は私に構うわけ?」


「お前の成績によって俺のお給料が変わるからだ」


ば、か、も、の。とポンポン頭を叩かれる。


「もー、そんなに叩いたら馬鹿になるじゃん!」


「お前は元より馬鹿だろ」


そう言われてしまうと何も言い返せない。


「狡いよね、生まれつき特別な力があるって」


文字を間違えて不意に机から転がり落ちた消しゴムを取ろうと手を伸ばしてみるが、どれだけ願っても消しゴムは飛ばないし、消えないし、燃えない。


「こんなのは、頭で想像するか言葉の力を借りるかだろ?」


先生が同じように手を伸ばす。


フワリ、と消しゴムが浮き上がって机の上に戻る。


「さて問題。俺は今どうやって消しゴムを動かしたでしょう?」


「移動する向きを、考えた?」


ポン。


「空想の手を使って考えた」


ポン。


「浮かべって念じた!」


ポン。


「正解は、小さな声で唱えた。でした」


「は?」


「浮かべるための単語は?」


「……ふろーと?」


「そう、floatだな。そして省略して唱えるのはFだけだからそうしたらいちいち読まなくても魔術になる」


そういって先生は掌の少し上でくるくると消しゴムを転がしてみせる。


「F、ねえ」


フワリ、と消しゴムが先生の手から浮かび上がって机の上に落ちた。


どこからか、風が吹いたように感じる。

その風は私の心に吹いていた。


「魔術、使えたじゃん!!」


ポン。


そんな擬音が聞こえそうな程軽く、先生が私の頭を撫でた。それだけで心臓の鼓動が少し早くなった。

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