第4話『奇病』

白い綺麗な病室に、1人の男性が眠りについていた。


眠り姫の呪い。

正しくは突発性魔族長期睡眠症

その原因は文字通り魔術による呪いだ。


「先生」


氷漬けのように、姿の変わらないまま眠り続けいつ目覚めるかは誰にもわからない。


決して死ぬことは無い。それが唯一の救いだった。


魔族特有の病は治療法も見つからない。


目覚めるのをただ待つだけ。


「先生、恵理架さん空が飛べるようになりましたよ」


見せてあげたかった。

彼女の飛び方は鳥のように美しい。


それに先生の面影を感じてしまった。


『白兎、僕の手をしっかりと握っておくれ』


先生の手を握り、初めて空を飛んだあの日。


『この空は偽物だ。この街も、何もかも』


幼い頃に先生は空に触れてしまったのだという。


彼が憧れていた青い空はただの固い、壁だった。


『この街は鳥籠だ。僕達を逃がさないためのね』


だから僕はいつかこの街を出る。本物の空を知りたいんだ。


そう言って、先生はその言葉のままに街を出た。

そして、帰ってきた時にはこうして眠ってしまった。


ねえ、先生。沢山話したいことがあるんです。


貴方の研究の末路。

教師になったこと。

弟を助けられたこと。

それを理由に、罪を負ってしまったこと。


ねえ、先生。

外の世界はどうでしたか?

やっぱり機械だらけの世界は魔術みたいですか?

外の世界の空は、触れましたか?


涙が落ちる。


「先生?」


後ろからの声に急いで涙を拭い、振り返った。


「恵理架さん……お見舞いですか?」


「はい」


彼女は先生の娘。やがてこの街を導くアリス。


『みゃあぅ』


彼女の腕の中から鳴き声がして、もぞもぞと水色の猫が現れる。


「おや、ダイナも来たのですか?」


ダイナ。先生が彼女の為に作った猫型の魔法生物。


「あの、先生ダイナを預かって貰っていいですか?」


「ええ、構いませんよ?」


猫を受け取って、そっと抱き締める。

僕は荷物を持ってダイナさんと共に病室を出た。


彼女を一人にさせたかった。

彼女は先生に似て、人前であまり泣きたがらない。


「ダイナさんといると、懐かしい気持ちになりますね」


喉元を優しく掻けばゴロゴロと喉を鳴らす様は本当に猫にそっくりだ。

そのまま、その柔らかい体に顔を埋める。


「先生……いつになったら起きるんですか?僕はずっと待ってたんですよ?」


『……あんまり泣かないでおくれ、僕がショートしてしまうだろう?』


驚いて顔をあげようとすると、短い前足で頭を押さえられた。フカフカの手足が僕の頭をゆっくり撫でる。


『僕はここにいるよ。だから泣かないでおくれ?』


ああ、先生。

貴方にはいつも驚かされっぱなしです。


『恵理架には、まだ内緒にしておくれよ?』









「先生?」


「帰りましょうか?」


ダイナさんはそれから普通に猫のように鳴くだけだった。


「今夜の夕飯はなんでしょうね?」


「オムライスの気分です」


『みゃあう!おむらいす!』


「……先生!ダイナさん、喋りましたよね!?」


『……!、みゃう』


先生は内緒にしてと言ったものの彼女がダイナさんの正体に気付くのは、そう遠くない気がした。

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