第14話 孤児院での生活
「はあああ!!!」
「まだ隙が大きい!」
高い金属音が響きリミアの怒号が木霊する。
リミアはタツヒコの攻撃を受け流すと懐に潜り込んで柄をタツヒコの腹部にめり込ませる。
「うっ!!」
苦悶の表情を見せて片膝をつく。リミアは呆れたように嘆息を吐いた。
「全く……私といきなり模擬戦をしてくれ、なんて言うんだから受けてみればこのザマ……。筋は悪くないんだけど荒削りね」
「……まだやれる! 来い!!」
タツヒコは気合いで立ち上がると剣を構える。リミアは意を決したように静かに気持ちを落ち着かせる。
「そう。なら覚悟する事ね……。死にはしないけど相当痛いわよ? "残光の太刀"」
「っ……! おおおおお!!!」
リミアの本気にタツヒコは意地でも負けられないと身体強化を施し、刀身に光のオーラを纏わせて激突した。
「はぁ……良くやるね、あの二人は」
孤児院で子ども達と一緒に遊びながらもリミアとタツヒコの模擬戦が気になるシルヴィアは頬杖を付きながら遠目から二人の様子を眺めていた。孤児院に居着いて三日目。この頃になるとほとんどの子ども達はシルヴィア達に心を開き、一緒に遊ぶようになっていた。
「シルヴィアお姉ちゃん〜? 早く〜」
「ああ……ごめん今行くよ!」
子ども達に呼ばれ、起き上がると子ども達の元へ駆け寄って直ぐさま戯れる。
「あはは! お姉ちゃんのパンツ黒だー! そおれ〜」
と一人のヤンチャな男の子がシルヴィアのスカートをめくり上げる。シルヴィアは目を丸くするがすぐにスカートを押さえてこれ以上の被害を抑えようとする。
「コラ! 何するの!?」
そしてスカートをめくり上げた男の子を条件反射に叱り付ける。 怒られた男の子は下を向いて俯いてしまった。
「ご、ごめんなさい……」
下を向いて謝る男の子にシルヴィアは微笑んで男の子の顔に手を添える。
「分かれば良いの。 でも他の女の子にやったら次も怒るからね? さ、元気よく遊ぼう!」
「う、うん!」
シルヴィアはこうして子ども達と打ち解けていき、すっかりお姉さんとして頼られるようになった。 シルヴィアは楽しそうに子ども達と遊びをやっていた。大抵は駆け回っているだけだったが、子ども達の笑顔にシルヴィアは癒されていくのを実感していく。
「皆〜、ご飯よ! 戻ってきなさ〜い!」
イリアの声が耳に入ると、子ども達が一斉に駆け足て孤児院に戻っていく。シルヴィアはそれを目で追いながら軽く息を吐いて孤児院へと足を運ぶ。
「うわ! ぴかぴかだ!」
子ども達の嬉しそうな声が院内に響く。廊下は埃一つ落ちておらず隅々まで掃除が行き届いており、食事をする大部屋も綺麗に掃除されていた。
「皆席について。 クラウディアさんに手伝ってもらったのよ。何から何までお世話になったから皆からもお礼を言いなさい」
「クラウディアお姉ちゃんありがとう〜!!」
イリアに促され周りの子ども達が口々にクラウディアにお礼の言葉を投げ掛ける。クラウディアもまんざらでもない様子で後頭部を掻く仕草をして照れ隠しをする。
「皆に少しでも綺麗な所に住んでもらいたいから頑張っちゃっただけよ。それに住まわせてもらってるから。無垢な笑顔は良いわね。ね?イリアちゃん」
「そうですね。 ほんと、何から何までお世話になりました。ありがとうございます」
イリアはクラウディアに頭を下げるが、クラウディアはそれを手で制した。イリアは頭に疑問符を浮かべながらも頭を上げた。
「言葉だけで充分よ。 好きでやってる事だし」
「クラウディアさん……」
あくまで控えめなクラウディアにイリアはどこか魅力を感じていた。気品溢れるクラウディアのようになりたいとイリアは心の中で誓ったのだった。
「そうそうタツヒコ君、リミアちゃんとの模擬戦はどうなったの?」
口に物を運びながら偶然を装ってシルヴィアが一番気になっている事をタツヒコに聞いた。それを耳にしたタツヒコはバツの悪そうな表情を浮かべた、やや不機嫌な様子を露わにした。
「どうもこうもねーよ……。 コテンパンにやられちまった。ただただ圧倒された」
「……それは本当?リミアちゃん」
「ええ。荒削りな剣術に隙だらけ……ちょっとした小細工も使ってたけど所詮は付け焼き刃って言った所かしらね。私の"残光の太刀"で何かヒントを得られたっぽいけど」
急に話を振られたリミアだったがそこはオーバーなリアクションはせず淡々とタツヒコとの模擬戦で感じたものを語っていく。辛辣ながらも的確な意見で有無をタツヒコに言わせなかった。
「……気付いてたのか。 お前の"残光の太刀"が参考になった事」
「当たり前でしょ。 で? お昼ご飯食べたらまたやるのかしら?」
「もちろんだ。 よろしく頼む」
タツヒコのその言葉にリミアは辟易とした様子で嘆息する。 そしてタツヒコを侮蔑するような視線で射抜くと、口の中のものを飲み込んでから口を開く。
「物好きねあんた。この先が思いやられるわ。 次は実戦形式で行くわ……精々私の剣術を盗む事ね」
言い終わるとリミアはまた食べる事に集中し出す。かなりの速度で平らげているが、行儀が良く、とても美味しそうに食べていた。
それに対抗意識を燃やしたのか、シルヴィアが急に食べる速度を上げ始めた。それに気付いたリミアも速度を上げる。こうして始まった早食い大会のおかげで子ども達は大いに盛り上がった。
「ふぅ……食べた食べた」
膨らんだ腹部をさすりながらシルヴィアは階段に腰掛けて外を眺めていた。孤児院の子ども達ははしゃぎ疲れたのか、全員眠ってしまった。
「あら、こんなところにいたの?シルヴィア」
声がした方に振り返ってみるとリミアがシルヴィアを不思議そうな表情で見つめていた。リミアは一拍の間を置くとシルヴィアの隣に座り出した。シルヴィアは何故リミアがこんなところに居るのかが解せなかった。
「タツヒコ君と模擬戦じゃないの?」
「ボコボコにしたら今は一人にして欲しい……ですって。シルヴィアはともかく、あんなメンツでホントにhologramを倒すの?」
「タツヒコ君も強いっちゃあ強いんだけどねー。鍛えていけば化けるかも。 それより話は変わるけど、そろそろここを出発しようと思うんだ。いつまでものんびりしてられないしね」
「……」
シルヴィアの言葉に口を閉じて俯いてしまうリミア。 しかし、すぐに顔を上げると何事もなかったかのように口を開く。
「そうね。 それが良いかも……。なるべく早くここを出てhologramの情報が欲しいわ。
……hologramは絶対に潰してやる」
リミアの意思は決まったようだった。シルヴィアは頷くと、スッと立ち上がる。
「なら決まりね。今日の夜、ここを出るわ……。準備だけはしといてちょうだい」
「分かったわ」
リミアが頷くと、シルヴィアは静かにリミアの側から離れる。リミアはしばらくその場から離れず、彼女の啜り泣く声が虚しく響いていた。
*
その日の夜、シルヴィア達はルインズ孤児院の正門に集まった。誰一人欠ける事なく集合したのを確認したシルヴィアは門を開ける。
重低音を唸らせながら門が開かれる。
タツヒコから順に門から出ると、残すはリミアだけになる。
「リミア……」
「……何でもないわ。手間取らせてごめんなさい」
名残惜しそうに一度だけルインズ孤児院に振り返り、哀愁漂う目で見つめた後、門から出るリミア。リミアが出たのを確認してシルヴィアも出ると門を閉めた。
「行きましょう? 誰かに見つからない内に早く」
「そうね。 じゃあ行くわよ」
「待って! リミアちゃん!!」
「イリア……!? どうしてっ……」
誰も居なかったはずなのに門を境に、イリアがそこには立っていた。リミアは駆け寄ると困惑した様子でイリアを見つめる。イリアはその困惑しているリミアが愛くるしいのか、微笑みを浮かべていた。
「ごめんねリミアちゃん……。私にはリミアちゃんを応援する事しか出来ない。祈る事しか出来ない……でも、これだけは言わせて欲しい。また、孤児院に帰ってきて」
イリアの声は震えており、涙を堪えているのが分かった。が、それを悟られまいと必死に笑顔を作ってリミアに振り絞るように吐き出した。
「イリア、あなたは優しいよ。でもどうしてかな……イリアの優しさに触れる度に心が揺れ動く。 この気持ちは何なの? 何で、どうしてこんなに胸が痛くなるの……? でも、ありがとうイリア。 あなたの優しさだけで充分。孤児院に帰ってきたら、剣を教えてあげる。それまでは孤児院の事……よろしくお願いするわ」
リミアもイリアに悟られまいとするが、頬に涙が伝っていた。しかしイリアは気づく様子はなく、ただ頷くと、静かに踵を返して孤児院に帰って行った。リミアはしばらく孤児院を見つめていたが、意を決したように孤児院に背を向けるとシルヴィア達の前に立つ。
「……今度こそ行きましょう。時間取らせて悪かったわね」
「リミアちゃん……いや、何でもない。さ、リミアちゃんの言う通り行こうか。 夜が明けちゃう」
シルヴィアの言葉で歩き出した一行は、月を背に進んでいく。ルインズ孤児院が見えなくなり、森を抜けている最中でもリミアは俯きながら歩いていた。 肩が小刻みに震えているが誰もリミアに声を掛けようとはしなかった。
(人ってのこういう所も強いんだね。私たち魔族にはない強さだ。案外、捨てたもんじゃないのかもね……人間ってのも)
シルヴィアはリミアを視界の端に捉えながら思考をしていた。自分達にはない、人間の芯の部分を初めて確認したシルヴィアは少しだけ人を見直した認識を示した。そして夜は明けていく。
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