第10話 弱いという事
「に、逃げろ……タツヒコ……」
腹と口から血を流し、脱力状態の長谷川が最後の力を振り絞るようにタツヒコにそう指示する。 hologramの男、ブユウは長谷川にまだ意識がある事を知ると首を締め上げるように持ち上げた。
あ
「おいおい……まだ意識あんのかよ。弱いくせに生命力だけは立派なもんだな」
そして腕の力だけでタツヒコの足元に長谷川を放り投げた。 自分の方に転がってきた長谷川をタツヒコは何もする事が出来ず、ただただ見る事が精一杯だった。
「て、てめぇ……!!よくも長谷川さんを!!」
タツヒコは剣を具現化させると一目散にブユウに向かって駆け出し剣を振り下ろす。 しかし、その動きは単純且つ単調であり避ける事は造作ではなかった。
「ふん……ここは俺のフィールドだ。悪いがお前達をhologramに連行させなきゃならないんでな。 手短に行くぞ」
タツヒコの剣を躱しきり、掻い潜るように低姿勢でタツヒコの懐に潜り込むとボディーブローを叩き込んだ。
「がはぁ!? ぐ、このっ!」
「遅い」
振りかぶったタツヒコの拳は空を切り、掴まれると一本背負いを見舞わられる。 タツヒコの身体が宙に浮き、視界が激しく切り替わった。同時に痛みが背中を中心に広がった。
「くっ……」
すぐに立ち上がり、反撃の姿勢を整えるタツヒコにブユウは肩を竦め、呆れすら見せた。
「止めとけよ。 身体が自由に動かねーだろ? 俺の能力の支配下にいるから当然だな。俺の名はブユウ。特別に教えてやる……俺の能力 "アンチフィールド" は敵の身体能力を半分以下にまで強制的に下げる能力だ。 ただ、時間経過と共に能力も元に戻り始めるから短期決戦用だな」
一通り説明し終わると勝ち誇ったような笑みを浮かべてゆっくりとタツヒコに歩いて行った。
「お前が弱いんじゃない、俺の能力が強過ぎるだけだ。 諦めろ……お前ら全員俺の能力の支配下にいる」
「くそ! 負けられるか!」
タツヒコは裂帛とした気合いを叫ぶと身体にオーラを纏わせた。
「"ライトニング・ブラスト"!」
さらに自身の剣に高電圧の雷を纏わせ、それをブユウに向かい放った。スパークを伴った斬撃となり直線上にいるブユウに向かって行った。
「ふん!!」
ブユウは攻撃範囲から離脱してそれを躱すと、またもタツヒコに狙いを定めて走り出そうとした。が、タツヒコ達に思いも寄らぬ助けが入った。
「ん……なんだありゃ……!? う、うおおおおおおお!!!」
何かに気付いた瞬間にブユウは雄叫びを上げると身を低くして何かを躱す。 ブユウの身体を掠めたのは、蒼い雷の高エネルギー体だった。 一瞬の間を残して、スパークの軌跡を描きながらブユウの後方で爆発を起こした。
「な、なんだったんだ今の……」
タツヒコも訳がわからないと言った様子で困惑していた。味方による増援、という訳でもなさそうだ。
「あぶねーあぶねー……危うく死ぬ所だったな。さて、どうする? まだやるか? もう戦力はお前とそこの女……ん? 女がいない!?」
ブユウはクラウディアがいない事に気がつくと左右を見渡して必死に姿を探す。しかしタツヒコには見えていた。 背後から迫り来るクラウディアの猛威に。そしてブユウの背中を一閃。 背中から鮮血が飛び散り、顔を苦痛に歪ませるも何とか倒れずに持ち堪える。
「ぐっ……!? しまった……」
背後からの奇襲など頭に無かったブユウにとってこれは一気に形勢を逆転されたようなものだった。
振り返ったブユウがまず最初に目線が行ったのはその禍々しい右腕だった。 常人の三倍程度まで膨れ上がった赤黒く巨大な右腕。先端には人など容易に切り裂くであろう、これまた巨大なかぎ爪が目に飛び込んできた。見た目は異形そのものだ。
「おいおい……嘘だろ。 冗談じゃないぜ」
ブユウは顔を引きつらせながら後ずさる。
クラウディアは赤目を不気味に光らせると天に刺さるような咆哮を挙げた。 あまりの大きさに耳を塞ぐタツヒコには目もくれず、クラウディアはただブユウを視界に入れていた。
両腕を下げ、身体はリズムを取るかのように微妙に揺れていた。一見隙だらけのように見えるが敢えて力を抜く事によって素早く攻撃に反応する事が出来る。 クラウディアは獣のように息遣いを荒くし、ブユウを一瞥した刹那には、ブユウの腹部を抉るような一撃を見舞っていた。
「ッッ……!」
何とか致命傷は避けたが腹部からの出血は手痛い傷だった。 さらに襲いかかる猛威を振るう攻撃。一瞬でも気を抜けば根刮ぎ持ってかれそうだった。
「くそ……アンチフィールド使ってこれかよ……! バケモンが」
要所要所の攻撃を捌きつつ、隙を探ってはいたがクラウディアの連撃は一層激しさを増した。流石に捌ききれずに至る所から血が噴き出し、最後は上空へ避難するも巨大な右腕で薙落とされてしまった。
「こんなもんかしら……。 "半獣化" する必要も無かったわね。 痛ぶってから情報を聞き出して殺す──」
正気に戻ったクラウディアはスッと右腕を突き出し、静かに息を吸う。
「"氷棘"」
そう唱えると突き出したクラウディアの右手から氷の棘が射出され、夥しい数の氷の棘が森を蹂躙した。クラウディアは森の中をブユウが居そうな場所を隈なく探したがどこにも見当たらなかった。 考えられるのはただ一つ。
「逃げた……か。 深追いはしなくてもあの傷じゃ何も出来ないでしょ。問題は勇者君達ね。こっ酷くやられてたから心配だわ」
そう呟くと瞬間移動を使ってタツヒコの元へ駆け寄った。タツヒコは苦しそうにして地面に這いつくばっており、クラウディアは手を差し伸べた。
「クラウディアさん……お、俺は良いから長谷川さんを……早く」
「勇者君……」
姿勢を変える事もキツイのか、苦しそうに息を吐いてタツヒコは言った。しかしクラウディアは有無を言わさずに強引にタツヒコを立ち上がらせた。
「え、何で……」
タツヒコが呆然としていると、クラウディアが回復魔法を掛け、気休め程度だがタツヒコの身体が軽くなった。
「長谷川さんなら大丈夫そうですよ……。彼には自前の能力がありますから……」
そう言ったクラウディアの声音は何処か安堵のような物が感じられた。そして二人で長谷川の元へ行くと、そこには上半身を起こした長谷川の姿があった。長谷川はクラウディアの肩にもたれ掛かりながらも立ち上がる事は出来る程に回復していた。
「……すまねぇな。身体は倦怠感がついて回ってるが問題ない。俺の能力は少し特殊でな。回復と防御特化なんだよ。回数上限はあるが、怪我を完全に治したり出来る。もちろんデメリットもあるがな……」
そこまで言った所で長谷川が自虐的な笑みを零す。
「ははは、ざまぁねぇな……。俺は弱い……。お前らとは違うんだな、と心底感じるよ。
俺はお前らみたいに雷を出す事も氷も出す事も出来ねぇ……攻撃系の能力はあるっちゃああるが威力はお前らとは程遠い。出来損ないの雑魚だな、俺は」
長谷川はこの戦いで格を感じたのだろう。または足手まといの自分が情けないのか、長谷川の心情は渦巻いていた。すると、今まで黙っていたクラウディアが口を開いた。
「長谷川さんは弱くありません。 私が保証します。長谷川さんは自分より格上の敵に立ち向かう勇気がある……強さがある。 本当の弱者ならそれらを前に逃げ出しているでしょう。でも!! 長谷川さんは逃げなかった。これの何処が弱いんですか?」
「クラウディア……」
「自分を悲観するのは早過ぎますよ? 前向きに生きましょう。失敗しても私達がいます。私達に頼ってくれれば良いんですから……力になりますよ」
長谷川の背中を押すように、クラウディアの言葉は長谷川の心に響いた。長谷川は逡巡を見せた後、ゆっくりと息を吐いた。
「ああ……ありがとうクラウディア。 どうも俺はネガティブ思考が刻み込まれてるらしい……。お前らに劣等感を感じてたのかもな。俺も……もう少し頑張ってみるか」
凛とした口調でそういう長谷川の表情は少し覇気が感じられ、先程とは違って見えた。クラウディアは嬉しそうに微笑むと、おもむろに口を開く。
「こちらはhologramの迎撃に成功しましたが、結局情報は得られませんでしたね……。分かったのは名前だけ……。ホントなら拷問にかけて情報を聞き出したかったのですが逃げられましたしね」
サラッと恐ろしい事を口走ったクラウディアに背筋が寒くなったタツヒコ達だった。
「あと、シルヴィア様も心配です。こんなに時間が掛かることは滅多に無いんですが……。よほどの強敵か、拷問で情報を聞き出してるんでしょうか……。出来れば後者が良いんですけど」
「シルヴィアの心配ならいらないだろ。あいつは強い……。ただ、強敵との勝負を楽しむ癖はあるけどな」
「あら、良くシルヴィア様の癖を見抜かれましたね。まぁ、だと良いんですけど……」
クラウディアが心配そうな声色で呟く。
クラウディアのおかげで何とかhologramを撃退出来たタツヒコ達であったが、シルヴィアの捜索は思った以上に難航した。
太陽は爛々と輝いていたが、分厚い雲に覆われ、雲行きが怪しくなって行った。これから起こる事をを暗示するかのように。
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