#14 心臓の位置を、過たず(2)

「…………『愛の輝き』」

 カードを掲げて勅使河原が唱えると、同時にその体がうっすらと輝き始めた。薄いピンク――激情を内包した光。古沢はそれを見つつ、足下にあった樹脂製の棒――舞のパワードスーツの部品を手に取る。その動きで、勅使河原の目線は一層険しくなった。

 もはや仕事の枠を超えた、明確な殺意がそこにはあった。勅使河原は息を小さく吸い、最後の言葉を紡ぐ――――だが、しかし。


「みんなの愛で、せか…………あれ?」

 その言葉が、途中で遮られた。


 古沢が棒を投げつけ、カードを弾き飛ばしたからだ。


「おおかた『変身』の動作だろうが、俺がそれを黙って見ているはずがないだろう」

 完全に不意を突かれた勅使河原の懐に難なく潜り込んで、古沢は冷酷にそう告げた。

「大体お前達、府中のことはどうしたんだ」

「ふ、ちゅ…………マド? あれ、マド!? ちょっ、何で私ッ――――――――」


 半ば叫ぶような声も、古沢の寸頸で途切れた。

 勅使河原は力なく尻餅をつき、そのままばたりと倒れこむ。


 意識を刈ったのを確認して、古沢は一瞬だけ考える。

 最後の取り乱し方は少し妙だった――自分が府中を気にしていなかった、その事実に一番混乱しているように見えたのだ。

 だがあまり気にしている時間もない。どれだけ戦っていようが中学生だ、抜けている所もあるだろう。今はとにかく待田のことを――と、そこで。


「待田さんは無事だよ」

 かつん、という杖の音と共に、黒いナース服の少女がそう言いながら姿を現した。

 曲がり角から出てきたその姿形は、間違いなく北宮穂香だった。


「大きい音がして、私もビビったけどね……。ちょっと大変なことにはなってたけど、結局向こうの戦いも収まったし。色々大丈夫っぽいよん。一応だけど。ってかあれだね、三人倒すって……強いんだね古沢君。さすがにちょっと引いたわ」

「……こっちのことも見ていたのか。全部」

「ううん、全然。一通り音が収まったから来てみただけ――とにかく古沢君、私に言いたいことはあると思うんだけど、まずは待田さんのとこに行ってあげて。何か随分心配してたし。つーか君達付き合ってんの? ラブなの? ……まあそれは後でいいや、とにかく」

「わかった……あと待田はクラスメイトであり仕事仲間だ、それ以上でも以下でもない」

 古沢がそう答えると、北宮は瞑目して首を振りつつひらひらと手を振った。早く行け、ということらしい。


 彼女に笑顔はなかった。待田と府中の教室で起こった「何か」をおそらく目の当たりにし、加えて友人である平塚がそこで倒れているのを目にしたのだ。気にならないはずもない。


 敵は無力化した。不安要素はない。それを確認して古沢は、北宮の横を抜け、走り出した。


 日は暮れかけて、肌寒さが出てきていた。

 汗をかいた肌には、それが一層強く感じられた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その姿が見えなくなるのを待って、北宮は平塚のもとまで歩み寄った。杖を使うとはいえ、この程度の距離ならそう苦でもない。むしろ大変なのは座るほうだった。三年前に壊れた右足首を庇いながら、慎重に腰を下ろしていく。


 そして、崩れた体育座りのような体勢で北宮は――平塚の耳元でパチンと指を鳴らした。

 その瞬間、踏まれても覚めなかった平塚の目が、ぱちりと開いた。


「あれ、起きた? 姫妃。大丈夫?」

「んっ…………ぅあ、ほ、穂香ちゃん!? た、助けてください! 何か突然後ろから、何かビームが!!」

「ちょっ、落ち着いて姫妃。抱きつかないで」

 起きるなり必死にしがみついてくる平塚を、北宮は何とか引き剥がす。

「敵は去ったから。ほれ」

「え? ……ひいぃ!? 死んでる!?」

「大丈夫、三人とも死んでないよ。落ち着いて、はい深呼吸。すー」

「す――――」

「はー」

「はぁ――――――…………そ、それで何だったんですか? 私、どうしてあんな……」

「宇宙意思だよ、それはそうとさ」

 至極適当に答えて、北宮は話題を変えにかかる。


 まだ何も整理できていない様子の平塚に、彼女は左手を差し伸べた。


「手、貸してくれない? 私自力じゃ立ち上がれなくてさ。このままだと教室に行けないから」

「えぇ、結局行くんですか教室……でも私今、全身が痛くて……」

「まあ、酷だとは思うけどね……いきなり襲われて今目覚めたとこじゃ、普通は辛いわな……」

「はい、辛いですよ……うぅ…………」

「でもさ、こういうのにも慣れてかないとダメなんだぜ。だってさ――」

 北宮はそこで言葉を切り、笑顔でこつりと、平塚と額を合わせた。


「――――姫妃も、魔法少女になるんでしょ?」

 その一言に。

 苦痛に歪んでいた平塚の顔が、別のベクトルに歪んだ。

 そして平塚は――北宮の手を取り。


 そうですね、と。息を吹き返したように、溌剌とした笑顔で答えた。

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