#7 女の子の秘め事(feat. 古沢恭一)

 刺客だという証拠が一瞬で揃ったわけだが、古沢は逆に殴り込むタイミングを失う。少女は頭を上げてまた古沢の目を見るが、それ以上の動きは全くなかった。


 この態度は余裕なのか、あるいは単に府中がどんくさいのか。幼稚園にいたとなると、府中は勅使河原が言っていた「その他三人」の一人だろう。ということは、勅使河原と他の二人も学校のどこかにいると考えておかしくない。むしろこの場に集団で襲ってこないのが不気味でもある。どこかで人質をとっているのでは、と悪い想定ばかりが頭に浮かんできてしまう。額から流血する待田と一旦目を合わせ、戻して古沢はストレートに問いかけた。


「俺達に何の用だ。『上層部うえ』の指示とやらで殺しに来たのか」

「うーん…………そうじゃない。私は、待田さんも古沢さんも、殺すつもりはないし傷つけるつもりもない」


 府中は眠たそうに首を左右に振りながら、そう答えた。

 じゃあ何を、と尋ねようとしたが、先に府中が続ける。


「私は、その……何だっけ、その、私達の情報を話しに来たの」


 えっ、と思わず声を出したのは待田だった。


 古沢も怪訝な表情になって、もう一度待田と顔を見合わせる。単独行動をしている時点で怪しくはあったが、まさか――言い方は悪いがこんな人物が情報を引っ提げて現れるとは思っていなかった。


 この短時間で裏切りが起こるとは、案外統率のとれていない連中だ。そう古沢は思いかけた。しかし幼稚園で「他三人」の様子を見ていた待田は納得できないらしく、血を手の甲で拭いながら尋ねる。


「いや、府中さん……私が言うのも何だが、あなたは別に、組織を裏切るような人間でもなければ動機もなかったように思える。悪いがその話には――」


「私も、みんなを裏切るつもりはなかった……でも左京はキモいし嫌」


「……左京というのは?」


「上司」


「上司なのか」


「うん、そう。上司」


 一言一言を、呟くような声で府中は紡いでいく。古沢はよく知らないが、多分夜中に子供を叩き起こして根気よく質問し続けたらこんな風になる。


 そして再び全員が動かなくなり、十数秒の無音があった。


 府中はそのまま次は誰が喋るのといった感じで小首を傾げていて、永遠に喋り出す様子がない。それを悟った待田が慌てて先を促した。


「いや、府中さん。それで私達には教えてくれるのか、都心テレビの情報は」

「うん。……だけど、その前に」


 そう言って府中は半眼のまま、おもむろに腕を上げると――


「私達は、ガールズトークがしたいの」

 ずびしっ、と古沢を指差した。


「だから、えーと、……男の人、その、古沢さんには、出て行ってもらいたいの」

「出てけって……大体何なんだガールズトークって」


 古沢は思わず、片手で頭を抱える。

 こいつは確か、左京という奴が鬱陶しいから投降しに来ている身ではなかったか。


 少なくともガールズトークというのは、こういう差し迫った局面でするものではなかったはずだ。古沢は生憎ガールズトークに参加したことはないが、それぐらいはわかる。


 再び訪れた沈黙の中、古沢は帽子を押さえた姿勢のまま、思考を組み立てた。完全に独断と偏見になるが、そもそも目の前の少女――府中微睡は、ほぼ初対面の相手とガールズトークをしたがるような人間には到底見えない。表情も声色も眠たげな上にどこか暗く、口数も少ない。紫という明るくない色も影響しているかもしれないが、どうもあまり社交性がなさそうなのだ。


 ではなぜガールズトークなのか。


 導き出される答えは二つだった。古沢に存外人を見る目がなかったか――あるいは、古沢を追い出すことが目的なのか。


 追い出して何をする気かはわからないが、その場合は、何かする気でいるのは間違いない。古沢は帽子の奥から懐疑の視線を向ける。府中はその目を、ただ眠たげに見返していた。しかし数秒後に古沢がどきそうにないと悟ると、府中は一瞬目を逸らして何か考え、そしてもう一度古沢の目を見て言った。


「ガールズトークっていうのは、軽すぎたかもしれない。でも……えーと、そこの、男の人」

「俺は古沢だ。さっき言えていただろうお前」

「古沢さんは、魔法少女がどうして魔法少女なのか、わかる?」

「…………」

「魔法少女が、『少女』だっていう理由」


 束の間、古沢は質問の意図を測りかねた。


 繋がりがわからない上に、男の身でありながら「魔法少女」に抜擢された人間としては、何を答えても説得力が出なさそうな質問である。待田を見遣るとまた目が合ったが、彼女は彼女で神妙に首を横に振り、「どうしてなんだ古沢」とでも言いたげな目を向けてくるだけだった。古沢は溜め息とともにがっくりとうなだれる。

 キャリア三年の本職がそう言うのなら、いっそ理由なんてないのではないかとすら思う。そもそも「魔法」でも「少女」でもない古沢が「魔法少女」を名乗っている時点で、明確な定義などおそらく皆無に等しいのだ。


 しかし、答えが出なさそうな二人を見て府中はまた口を開く。


「魔法少女で難しければ、『魔女』で考えるの。……昔は、女の人が下に見られていたから。偉い人がちょっとでも『気にくわないなー』って思った女の人は、すぐ『魔女』にされて、殺された。なんかそういう、女の人ならではの……あれがあるの。なんかこう、暗いのが」


 だからガールズトーク、と。

 表情一つ変えず、唇以外を一寸も動かさずに、府中は言葉を締めた。


 要約すると、「魔法少女」は女性性の暗い部分を反映した存在なのでその話をするにあたって男性に居座られるとやりづらいのだ――ということを言いたいのだろう。だが、古沢は騙されない。


 無言のまま、府中へ向けた視線の温度を下げていく。


 魔女の話は知っていた。中世のキリスト教世界において、要するに「気にくわない」人間を消し去るためだけに作り上げられた架空の名。だが、それと「魔法少女」を結びつけるのは飛躍が過ぎる。たとえば待田街は魔法少女であるが、魔女ではない。気にくわなくて消されるどころか、豊島区を守る英雄としてみんなに慕われている始末だ。それに、待田もそうだが、勅使河原亜莉沙や府中微睡にしても髪をパステルカラーに染めていたりと――女性性というテーマに関わる暗い側面など微塵も感じさせていない。


 そんな穴だらけの論理で丸め込もうとは、下に見られたものだ――勅使河原の時といい、どうにも古沢単体の評価は低いようである。別に大したキャリアもプライドもないが、年下の格下にそういう扱いをされるというのは気分がいいものではない。


 これは少しびびらせた方がいいかなどと物騒なことを古沢は考えたが、しかし、それが行動に移されることはついになかった。


「――――うむ」

 その時待田が瞑目して、こう告げたからだ。


「わかった、そうしよう。悪いが古沢、職員室前で待っていてほしい」

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