#5 虚無を取り戻すための指令

『まあ、そういうわけで早めに再戦をお願いします』

 左京はそのまま、何も考えていない調子で続けた。


 思わず舌打ちして、勅使河原は地面を蹴った。ローファーが土を抉る嫌な感触がして、彼女はまた奥歯を噛む。


 だから通用しないって言ってんでしょーが、死ねや。そう言い捨てたくなるのを堪えて、代わりに職員室へと歩いていきながら、勅使河原は絞り出した。


「…………私達に、死ねと」

『いやいや、四人で力を合わせれば何とかなるはずですよ。何せあなた達は』

「子供達の輝くヒロイン、『マジカルプリンセス・ブリリアント』ですか? でもその三人が三十秒で沈められたワケっすよ?」

『いいえ、ですから砂埃で視界が隠れてたりしない限りは奇襲をかませば済む話じゃあないですか。場所ならいくらでもセッティングできます。あとその三人は今何やってるんです』

「今リリースします」


 返しながら、勅使河原は職員室のドアノブに手を掛け、一気に開けた。鍵はかかっておらず、中にいた幼稚園の先生達が驚いた顔で、勅使河原の顔と制服とピンクの髪を順に見つめる。そしてその床に、猿轡を噛まされた三人が、何かの電源コードで無造作に縛られて投げ捨てられていた。


 確かに外傷はないが、それにしたってちょっともうちょっと人権を尊重して拘束してやれよと思いながら――勅使河原はまず、一番手近に転がっていた紫色のショートカットヘアーの少女をコードと猿轡から解放していく。


 服装は三人とも、勅使河原の「衣装」と色が違うだけの代物だった。

 紫、そしてオレンジ、青。マジカルプリンセス某のメンバーである。


「…………うにゅ…………あれ、亜莉沙?」

「そうっすよ。ってか拘束されてんのに寝てんじゃねえっすよ、マド」


 マドと呼ばれた紫色の少女は、まだ眠たそうな目で、コードの跡が残る手首を不思議そうに見つめる。大丈夫かこいつと若干げんなりしながら、勅使河原は次の、オレンジ色のポニーテールの仲間へ向かう。


「それで左京。あいつらは都電で学校まで戻るそうっすよ。十五分はかかるって言ってました」

『なるほど…………では、しばらくそこで待機していてください。三分ほど』

「はあ……やっぱ再戦なんすね。うんざりっすよアンタには……はい、もう大丈夫っすよ舞」

「ぷっはぁぁ、ありがと亜莉沙、助かったぁ……しっかし何なのアレ、あと手と足のコードもお願い」


 ぐるりと辺りを見回してから、彼女は頭を押さえつつ、溜め息混じりに変身を解いていく。同じ制服になっていく彼女に勅使河原は、やたらきつく巻かれているコードを細い指で解きながら「簡単に言うとっすね、そいつにリベンジかましに行くんですよ」と答えた。


 園庭に目を向けてみる。


 そこには青い空と、初夏の太陽と、静かに佇む遊具だけが残っていた――が、そこへわずかにヘリコプターの音が混ざってくる。

 その音の正体も勅使河原には何となく察しがついて、思わずまた顔をしかめた。


「っつーか左京、アンタどうしてあの魔法少女にそんなにこだわってんすか。気があるなら無駄っすよ、アイツ戦場に彼氏連れ込んでましたし。まあそいつも結構な使い手っぽいっすけど」

『古沢恭一さんのことですか?』

「そうっすね。生け捕りとか生温いこと言ってられないレベルでいちゃついてましたよ。処刑モンです」

『そいつは彼氏じゃありませんよ、おそらく。待田さんがどう思ってるかは知りませんが、古沢さんが彼女に好意を抱くことは有り得ない。とにかくあくまで生け捕りでお願いしますよ、越しの悲願なんですから』

「何なんすかさっきから三年三年って…………」

『生憎と企業秘密でして。それから古沢さんは別に――殺してもらって構いません』


 声色一つ変えずに、左京はそう言い放った。


 勅使河原には結局、何もわからない。三年前といったら、自分も仲間も、みんな小学生だった頃である。その時はまさか自分が魔法少女になろうなど、勅使河原は考えていなかった。多分他の三人もそうだろう。そこで何が起こっていようが彼女達の知ったことではないのだが……左京に言わせれば、これも彼女達の仕事なのだ。


 だから勅使河原は電話の最後に、不味い肉でも噛み千切るような顔で一言、自分なりの呪詛を吐いて通話終了ボタンを殴りつけた。


 今の仕事にそこまで不満はないが、大人達に振り回されることは望んでいないのだ。上の人間と接触すること自体がこうしたトラブルでもなければ非常に少ないので、しばらく忘れていたが――左京みたいな野郎ならばなおさら嫌だ。


 とはいえ、その仕事を邪魔されるのも腹が立つ。


「始めた時は、こんなストレス溜めるような仕事のはずじゃなかったんすけどね……ずっと怪物倒すだけで暮らしていたかったっすよ」

「まあ、辞めちゃっても結局普通に生活できるんだけどね多分。ところで亜莉沙」


 膝を伸ばしてストレッチをしつつ、オレンジのポニーテール・舞が応じた。


 ヘリコプターの音が、だんだん大きくなっていた。おそらくは左京が用意したものだ。だが――――

 勅使河原はそこに混じるもう一つの音をあえて無視して、わざとらしいまでにきょとんとした表情を作って小首を傾げる。


 それがあまりに似合っていなかったので、ポニーテールの少女は失笑交じりに苦笑しながら、そして若干ドン引きしながら、半眼で床の一点を指差した。


「一人忘れてないか」

「いやあ何のことっすか、ほらさっさと作戦組みますよ」

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