第11話 心囚われて



「ブロイツェン伯爵は幽閉、ピートル様は再教育、ですか。随分甘い処罰ですね」

 影を率いる頭領である彼は実はテレーゼの父でもある。テレーゼがすっかりアンネリーゼびいきなので、彼もそうなのだろうか。

 いや、一族の者はアンネリーゼに首ったけだ。

「後でどうにでもなるだろう。軍部が黙ったので随分やりやすくなった」

 アンネリーゼはディートリヒがすぐに自分に飽きるだろうと思っていた。

 影はディートリヒが一度見つけた獲物を決して逃がさないことを知っていた。

「そういえばアンネリーゼ嬢は、陛下に何も?」

「ああ、あれは手品か何かだと思っているようだ」

「手品で雪崩が止まったり、矢がそれたりするでしょうか……」

 幼いアンネリーゼに乞われるままに菓子をポケットから出してやれば、アンネリーゼは魔法使いだと言って喜んだ。

 アンネリーゼは確かに大人になって、魔法を信じなくなったようだ。

「そうだな、種も仕掛けもあるのだから、手品と言っても間違っていないだろう」

 ディートリヒが言うと、影は大きくため息をついた。

「種や仕掛けが人の理の外にあるから手品どころか、神の御業と言うのです」

 アンネリーゼはディートリヒに全幅の信頼を寄せてくる。その割に、ディートリヒが自分をどう思っているのかわかっていない。

 全く捨て身の行為だ。

「アンネリーゼにとっては、私はただの男らしい」

「それは、よろしゅうございました」

 彼女が言ったから、理想の国王をやっているのだ。

 ひとの理に従って生きるというのは、とても面倒なことなのである。

 アンネリーゼが26歳になるまで待ってやった。もし、彼女が誰かと結ばれるなら、それを祝ってやろうと思っていた。

 アンネリーゼは内面の美しさを持った女性である。多少外見に難があっても、あるべき女性の枠からはみ出ていても、結婚相手は見つかったはずだ。幼い弟という障害がなければ。

 ニコラスの両親を、リンツ博士を襲った病魔。そういったものを操れるとすれば、それは神と呼ばれる存在だけだ。





 ディートリヒはヴァイゼンブルクから王都に帰る道中のことである。

 彼女は、亜麻色の髪を肩に流し、窓の外の風景に目をやっていた。ゆったりと座席に体を預け、小さく指がリズムを取っている。

 長いまつげにけぶる琥珀色の瞳が、時折ディートリヒに向けられると、蜜色に甘く輝いた。

 ディートリヒは、ふと、アンネリーゼに尋ねた。

 国を治めることは多大な労苦を伴う。今後ブロイツェン伯爵のようなものが再び現れるかもしれない。

 王制を廃し、国民が国を治めることにしてもいい。この国に王が必要なのか。

 するとアンネリーゼは、「国王は必要です」と答えた。「よき王が必要なのです」と。

「よき王か。私でなくともよいのではないか」

「いいえ、あなた以上に上手に国王をやれるひとなどいないのですから、あなたがやるしかないのではないでしょうか」

「ではアンネリーゼ、お前に免じて、私は国王という役割に甘んじよう。褒美に何をくれる」

 アンネリーゼははにかんで答えた。

「私を差し上げます。私の全てを。……もう差し上げてしまったけれど、それ以外持ち合わせがありませんので。あの、ディートリヒ様が良いと思われる間だけ、お傍において頂ければ」

「私が王になるなら、お前が王妃になるに決まっているだろう」

「…………は?」

「麗しのアンネリーゼ。お前は余の悦びだ」







 グランツェンラント国王は、平民から王妃を迎えた。国は祝賀ムードに沸いた。

 王妃は賢く美しく、よく王を支えた。

 ディートリヒ王の治世は、歴史上もっとも豊かな時代であったと、文献には記されている。



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