第726話「涙も雨の中で輝いて」
覆水盆に返らずということわざがある。
こぼれた水は元に戻らないという事なのだが、こぼれてもそこには結果としてこぼれた水がある。
しかし、世の理から反してバニティーはもういない。
弔ってやることも出来ない。
意気消沈したスミレを抱きかかえて宿まで戻る。
流石に羽交い絞めの格好では街は歩けない。
先程までの勢いはどこへ行ってしまったのか、もう指の一本も動くことはなく辛うじて呼吸をしているのはないかと思うほど息遣いはか細く今にも消えてなくなってしまいそうな気さえする。
やはり、親しくなった人間の死は辛い。
それが肉親ならばなおさらではないだろうか。
ここに来るまでに何が有ろうと、親がいなければ子はいない。
子がいなければまた親にはなれない。
もう、この娘には親はいない。
その事実は変わらない。
今しがた起きてしまった、結果を変えられないと嘆くのはエゴだろうか。
「大丈夫か……」
「……」
降りしきる雨に濡れて帰るのも一興。
そうは思わなかった。
ディアナが結界を張って雨を遮っていなければ風邪をひくかもしれない。
病気の概念があることは知っている。
風情だの趣など、心情に触れるよりも現実を生きていかなければならない。
何も、皆感傷に浸っていないかと言えばそうではない。
生きることが大事なのだ。
この命、雨粒でさえ凶器となる事をこの世界で生きるものならば知らないわけがない。
にもかかわらず、ディアナの胸元は濡れていた。
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