第360話「猫耳少女は帰りたい」

 辺り一帯を黒く塗りつぶすかのような常世の闇と化した森に殺気が蠢く。

 結界という一種の安全地帯から外界へと単体で踏み込んだのだから、個としての存在としての認識が強くなるのは言うまでもない。

 俗にいう弱いモンスターには集団か個という単位を標的の基準としていることが多い。


 それはいたって簡単なことである。

 相手の力量を計ることができないのだから、数の優位にたよるのだ。つまりは無謀とも取れる行動に出るということなのだがそれを理解できないのだから、最悪な事態など起こるはずがないと思っている。


 しかし、どれほど非力だとしても人海戦術をとれば相手に何等かの痛手を与えることになる。

 そんな状態に今陥る一歩手前。

 それが孤独という事なのだ。


「うじゃうじゃいるにゃ。全く鬱陶しいにゃ!!」


 樹木の陰、生い茂る草木の隙間から角の生えた蛙のモンスターがスペラ目がけて次々と飛び掛かってくる。

 そのけたたましい鳴き声がスペラの頭の中を終始刺激し続けることで強烈なめまいを誘発する。

 あまりにもうるさいため両耳を塞ぎたくなるもそれを許さず反復し、飛び掛かってくる蛙共。


 大きさも漬物石程は有る為至近距離で飛び込まれれば鋭い角の餌食になりかねない。

 一体ずつタイミングを合わせて得物を叩き込んでいく。

 確実に数は削っているのだが、目に見えてわかるのは肉塊が辺りに散乱する以外にない。


 そしてその時、スペラは大きく体制を崩しそのまま倒れれば仰向けになるところであったが、柔軟に体をひねることで戦闘態勢を維持しつつ片腕で地面を鋭く突きバク転で飛び退いた。

 右手はドロドロした粘膜や肉片が纏わりつき真っ赤になってしまった。


 その手触りと不快さからこのままこの状況が続くことに嫌気がさしてくるのは道理。

 しかし、一匹ずつ殲滅を続けても終わりは見えない。


「もう終わりにするにゃ!! 天駆ける……稲妻よ。愚鈍で辛辣なるみゃーに雷帝の……加護を……。『ボルティア』」


 轟音と共に辺り一帯を真昼のように照らすと同時にスペラは薄蒼に煌く髪を靡かせ、焼け野原と化した地で腕を組み辺りを見渡す。

 ちっぽけな存在でしかなかった蛙など轟雷の直撃の前にはなすすべなどなかった。


「アーニャのところに帰りたいにゃ……」

 

 そして、案の定そこには膝から崩れ落ちびりびりと帯電して動けなくなってしまった猫耳少女の姿があった。

 髪は月明かりに照らされ銀色に煌いていた。 

 

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