第116話「アカネ・ウツキとの出会い」
緊迫した状態だというのに悪い気がしないのは言いえて妙である。
命の危機に瀕しているはずなのに、全く殺気というものを感じない。首に当てられているクナイも巧妙に傾けられて押し当てられる形となっている為に傍から見れば肌にめり込んでいるように見えるのだろうが、まったく痛みはなく血も流れてはいない。
いったい何のつもりなのかと思考を巡らせていると、首元でそっと畏まった少女の声が聞こえてくる。
「私に合わせてください。皆さんは狙われています。」
俺を殺るつもりならできたにもかかわらず、芝居を打つ必要などないはず。仲間をまとめて屠る為の罠だとも考えられるが、リスクが大きすぎる。
そうなるとここは素直に提案を受け入れてみてもいいだろう。警戒を解くつもりなどないが突然気配が消えたもう一人の方も気がかりなのでしかたがない。
「二人とも俺ごとこいつをやってしまえ。こいつさえ倒してしまえばもう追われる心配はない。次の追手が来るまでに村から出ていけばいいんだ。わかったら、早くやれ!!」
「うるさい!! 騒ぐな!! お前たちも妙な気は起こすなよ。こいつの首を取ることなぞいとも容易いのだ。なぜすぐに首を落とさなかったのかを知れ!!」
少女は二人に一喝する。
「一人で私達を相手にできると本気で思ってるのなら、甘いよ。アマトに傷一つでもつけてみなよ。その口に度と開けなくなるからね」
ユイナは怒鳴るわけでもなく静かに怒りを口にする。
俺は両サイドにユイナとルナに挟まれていたが、謎の少女がじりじりと後ずさって崖へと下がった為二人を正面に見据える形となっていた。
そして、気配を完全に消した輩も恐らくどこかの建物に隠れている。
ユイナの魔法がきいているはずなのに気配がまるで分らなくなったのは建物に完全に隠れてしまったのと、距離を取られたからだ。
「ボクのダーリンに手を出すのはいただけないよね。わかるかな~、この意味」
ルナは遊んでいたおもちゃを急に取り上げられた子供のように、その言葉を震わせていた。泣きそうで激高しそうで感情がにじみ出ている。ルナの本質は気楽な子供なのだから結果は見えている。しかし、ここは我慢してもらいたい。
俺は動けと口では言っているが本質は全くの正反対。ここで二人に動かれては困る。
本当の持久戦はここからなのだから、ぐだぐだとだれていくことが望ましい。
「さあ、二人とも得物を捨てて両手を地面につけろ」
淡々と二人に抵抗するなと告げる少女。
ならば、次はこうだな。
「こいつのいう事なんて聞く必要もない!! 早くやってしまえよ。あーじれったい。少しくらい無茶したって死にはしないって言ってるんだ」
実際に俺は再生の能力を手に入れたので死ぬことはないのだが、本質はそこではないしその事実はまだ二人は知らない。
この少女が何かこの状況に意味を見出そうとしているのだから乗るしかない。
害虫駆除も闇雲に探して退治するのではなく、おびき寄せて一網打尽にした方がはるかに効果がある。このままこの芝居を続けていれば必ずその害虫も顔を出すというもの。
ユイナの魔法を受けてそれでも気配を消したのだからそうとう腕が立つことは明白。
この少女の接近に対処できなかったのだからそれ以上の敵とあれば、順番が違っていれば俺は今頃死んでいただろう。
そして、今芝居を打たなければいけない状態という事はこの少女も単身ではぶつかっても勝てない相手だと思っていいだろう。
「早くしろ!! 次はない」
その言葉を聞いて、ユイナは手の届かないところまで杖を滑らせ両手を地面へとつける。
ルナは元々武器は持っていなかったので、苦虫をかみつぶしたように不機嫌になりながらも地面に手をつく。
「くっ」
そうとう嫌だったのだろう。ルナは今にも駆け出してきそうな姿勢だが、ぐっとこらえている。
「なんだその眼は? まだ状況がわかってないようだな……。頭をさげろ!! 地面に頭をこすりつけろ!!」
少女は激昂する。はげしい雨にも関わらず二人はその声をはっきり聴いていた。
二人とももう限界まで頭にきているだろうに、それでも耐えている。ゆっくりと地面に額をつける二人を見るのは心苦しいが、ここまでくれば何がしたかったのか察しもつく。
「一網打尽です!!」
首の後ろから勢いよく両手を交差させた少女。
すると村中から悲鳴が響き渡った。
そして、俺の首元に薄らと雨ではない俺の首筋から滴が僅かに流れ落ちた。
まるで鋭い何かで切ったように痛みこそ感じないが違和感は感じた。
それが意味するところはすぐにでもわかる。
二人に何も異常がないのを見ればなおのことだ。
「もういいだろ?」
俺は後ろの少女に聞こえるように声を少し大きめに出した。
「はい。すみませんでした。もう大丈夫です」
そういうと俺の首に当てていたクナイをどけるとゆっくりと離れる。
俺は解放されると二人に近づき声をかけた。
「もう終わったよ」
「わざとらしすぎでしょ……。いくらなんでもあれじゃ疑ってくださいって言ってるようなものだし、ルナが意図を察することができなければどうなっていた事か」
そう、ユイナは俺の考えを読めるという確信があったのだが、ルナが乗ってくれるかは完全に運任せだった。だが、不思議とうまくいく気がしていた。それもそのはずだなぜなら……。
「アマト君とは契約を結んでいるからね。これ以上の説明はいるかな? うーんいるかな。要するに魂の絆で状況がわかるんだよね。だから危機感がまるでないこともわかってたってこと。本気で不味ければそれをボクに直接念を飛ばせばいいんだから」
「いや、そこまでは知らん。なにそれ? 俺が意識を送ればこんな回りくどいことしなくてもわかったわけ」
「まあね。あくまでも意志疎通ができるのは短距離で互いに信頼がないといけないけど、契約を結んでいる時点で感情面においてはクリアしてるし、距離も目に見える距離ならば全く問題ないからね」
「一気に疲れた……」
現実はだいたいそんなものだ。前もってすべてを知った状態で戦いに臨めることの方が少ないのだ。前もって何で教えてくれなかったのかと嘆くよりも次に活かすことを考えたほうが余程建設的というものだ。
「それよりも、さっきの悲鳴の数から考ええも敵は多かったってことでしょ? 危なかったんじゃないかな」
「その通りです。私は奴らからは見つかることなくみなさんに接触できましたが、もしも見つかっていたらこうもうまくはいかなかったでしょう」
「俺達も一人は補足していたんだ。そして君も」
「あっ! すみません、まだ名乗っていませんでしたね。私はアカネ・ウツキと言います。とある方の命によりあなた達の動向を伺っておりました。先程の話ですが敵は一人を敢えて囮として表へ出すことで意識をその者に集めたのです。私は意図的に魔法にかかりました。あなた達に気づいてもらう必要があったので……」
どうりでいとも簡単に魔法にかかったわけだ。
一人納得するのであった。
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