第115話「背中には柔らかな感触」

 俺達は谷を背にして追手がこちらへ向かってくるのを待つ。

 もうすでにこちらが気づいていることは察している事だろう。だからと言って正確な場所や姿まで把握しているところまではいっているとは思えない。

 

 それは、ここからでもわかる不穏な闇の気配でみてとれる。

 明らかに淀んだ空気をただよわせているとも知れずに建物の陰に隠れてこちら様子を窺っているのがわかる。


 その様子は個々から見ていれば滑稽なものだ。何せ隠れるような行動をしててもこちらからははっきりと見えているのだから、その光景は奇妙というもの。

 いっその事堂々と出てくればいいものを、こちらが自分達を見つけていないと思いこんでいるのだから出てくることもない。


 じれったいのは言うまでもないのだがこちらから飛び込んでいくのは得策ではない。

 ここまでおびき寄せたのだから最後まで作戦を遂行しなければ意味をなさなくなってしまう。

 今か今かと三人は内心落ち着きなくただじっと耐える。


「まだか……」


 思わず口から出た言葉は雨音にかき消される。

 うかつだと思ったが、つい口から出る。それほどまでに今こうして待つことが心身共に厳しいことを意味していた。


 一瞬の気のゆるみ。

 それを相手は見逃さなかった。

 

 次の瞬間、俺はクナイのようなものを首に充てられているのを感じた。

 そして背中には柔らかい感触。

 

(これは最早言うまでもないよな……)


 そして、ユイナの鋭い視線。


「またか……」


 二つの存在の片割れが消えてなくなっていた。


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