第117話「少女は忍」

 俺は拘束から抜け出したことで自由になり声の主の正体を見据える事が出来た。

 ユイナよりは少し背が低く歳は15、6くらいだろうか。

 少女はショートカットの黒髪に澄み切った黒眼、元の世界のそれも同じ国の人間と変わりない容姿をしていた。ただ、どうも若干の違和感がある。


 服装は軽装で胸元には楔帷子が覗いている。

 そう、時代劇なんかで見る忍者のような格好だ。頭まで覆う頭巾などはしていないので可愛らしい素顔を晒しているが、そうとしか表現のしようがなかった。


「忍者!?」


「あなたは忍を知ってるんですか? 私も亡くなった母に聞いただけで他の誰も知らないようでしたが」


 アカネは不思議そうな顔をしている。


「君もこっちの世界に飛ばされてきたんじゃないのか?」


「こっちの世界?」


 忍少女はますますわけがわからないといった表情をみせる。

 

「両親の生まれはどこか教えてくれないか?」


「確か……ヘト、エト……だったと思いますが何分物心つくころに亡くなりましたので……はっきりとは」


「江戸じゃないかな」


「そうです!! なんで知っているんですか!? 知っている人は誰もいないと思っていたのに」


 声色も口調も戦闘中とは全く違っていた。年相応の無邪気な少女といった印象だろうか、俺を間近で見て親近感を覚えたのであろう目を輝かせている。


「俺も底の出身だからな。まあ、少し時が過ぎたせいで呼び名こそ変わっているけどおおむね同郷ってことだ」


 昔と現代とでは単に地名が変わっただけでなく区画整備も進められもはや全く別物と言えなくもないがそこまで説明するのは意味がない。

 最広く考えれば同じ言語圏っていうだけでいい。それに時代を感じさせる言葉遣いかと思って聴いていたがそうでもないようなので、恐らく生まれはこちらなのだろう。


 結局は生まれた国の言葉が母国語になるという事だろう。

 この世界の言語を取得している以上、会話が成り立つのはよかった。しかし、数百年も前の江戸弁で話されても会話が成り立つ自信はなかったのでこの世界の言葉を使ってもらえてよかったと思う。


「だからかな。初めて見たときから懐かしいような気持になったから。まるで両親が戻って来たみたいな」 


 それは言い過ぎではないかと思ったが、異文化交流が盛んになった現代ならと思うとあながち的を得ていると思った。

 すっかり話し込んでしまったが、ふと両手を見るとどす黒い液体が纏わりついていた。徐々に雨が洗い流しているが、なかなか流れきってはいかない。


 それが空中に糸のように垂れ下がっていることでこの少女が何をやったのかすぐに合点がいった。


「まあ、その話は後で聞かせてもらうとしてとりあえず俺達の間借りしている診療所へ来てくれないか。

その物騒な物も閉まってくれるとありがたいんだが……」


「あっ!! 御免なさい、ついついはしゃいでしまいました。辺りに散らばった戦利品を回収するので少しばかり時間をもらえますか、すぐすみますので」


「まあ、構わないが」


「ありがとうございます!!」


 元気がいいのは結構なのだが、少女の後ろをついて行くと建物ごと真っ二つにされた刺客が辺りにころがっていた。その数20を超える。

 首を落とされた者、胴体が半分になった者と皆ピアノ線のような糸で切り裂かれたのだ。


 少女は戸惑うことなく屍の服を弄り書物や武器等を回収していく。

 そして、屍の頭に手を触れると何やら納得したようにうなずいた。


「どうしたんだ」


「大丈夫です。ここにいる人たちで全員です。追手はもういないみたいです。それでは行きましょう」 


 その仕草はまるで死人の言葉を聞いたのか、読み取ったのかそのどちらかに思えた。

 この世界では何でもありなのだから、そんな芸当も出来て当たり前のような気がするのだから不思議だ。

 はたして、この少女は何者なのだろか

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