第74話「吸血鬼の眷属、猫耳少女を噛む」

 今重要なのは情報の収集であり、それ以外の事は全く必要としていない。しかし、アマトから無理をしないようにと念を押されている以上、自分の身を必要以上に危険にさらすことは何よりも避けなければならないことを理解していた。


 それでも、危険に踏み込まなければ求める答えは得られない。必要最低限の情報取集から危険な動乱へと身を沈める覚悟を決める。


「子供がどうかしたのかにゃ!? 子供なんて……」


「そう、この村の子供たちはみんな谷底へ逝ってしまったの。でも、生き残りがいなかったわけじゃないのよ。一人だけ生き残ったというよりその子供がこの村の状態を作り出したのよ。その子はこの村で生まれ育ったのは私は知っていたけど、突然村人を狂喜に震える狂信者のようにしてしまったのは理解できなかったわ。でも水晶を通すことで邪悪な何かが乗り移ってるのが見えたのよ」


「でも、それがアーニャが助けた子供だってことにはならないと思うにゃ。それにそんな危険な奴ならミャーたちが見逃すはずないにゃ」


 スペラは冷や汗をかきつつ反論を言うが、もう末に事の重大さに気が付いていた。わずかな望みは次の一言で全くの別人であるという事を言ってくれないかという願望のみ。


「この近くに……少なくとも幼い子供が住めるような村はないわ。一番近くてタミエークの町があるだけよ。そこまで大人でも半日はかかるというのにモンスターから逃げ延びてきたとは考えにくいわ。それから、うまく効いたかどうかは確認していないけど、衰弱の魔法を時限式にかけておいたけどもしもその子なら今頃衰弱死しているはずだから若しかしたら違ったかもしれないわ。可哀想だけど、そうするしかなかったの……。それほどあの子が怖かったのかもしれないわ。あの子には酷いことをしたわね」


 ディアナはそういうと自分のしたことの罪の深さに苛まれている事を暗に言った。

 

「ディアナは……殺してないにゃ。ユーニャが治癒して今は眠っているからにゃ。衰弱の仕方がおかしかったのにどうして気が付かなかったのか不思議で仕方がないにゃ」


 スペラの言葉に安堵したようにもやりきれなかった自分の力のなさに嘆くようにも見えた。これではっきりしたことは一つ。勇者をも超える敵と今一緒にいるという現状を打開したい。この村の情報は碌に集めることは出来なかったがすぐに引き返さないといけないと思い踵を返す。


「待って、スペラちゃん」


「すぐに戻ってアーニャたちに伝えないといけないにゃ。急いでるにゃ」 


「私も連れて行ってくれないかしら」


「にゃ? なんでついてくるんだにゃ。意味が分からないにゃ」


「勇者の従者なんでしょ。という事は何か目的があって旅をしているんじゃないかしら?」


 ディアナは煌煌とした瞳でスペラを見詰める。炎の揺らめく瞳からは強い意志が伝わってくる。それは、スペラのアマトへの想いにも似ているように感じる。

 アマトはユイナの為、スペラの為に旅をしていることは知っている。スペラが行方不明の父を内心では見つけたいと強く思っていた。


 それをアマトは叶える言ってくれたのだ。それはアマトの目的であり自分の目的にもなった。

 今目の前の少女も自分と同じ瞳をしている。

 アマトと出会う前のスペラならば、たとえ同じ志を持っていようと決して相手にしようとは思わなかっただろう。


 だが、今は違う。アマトが求めるのは力のある者だけではないという事を理解しているつもりだ。この少女からは未知数の力が感じられる。その力はスペラを軽く圧倒しているだろう、ならばこの申し出は願ってもいない好機。


 しかし、本当にあの子供が敵でこの少女が正しいのだろうか。むしろこの少女が嘘をついていて子供は無害なのではないのだろうかと不安が襲ってくる。

 

「ディアナが本当の事を言ってるのかわからないにゃ。てきならここで倒さないといけないにゃ」


 スペラは再びディアナをにらみつけるように体を低く構え、戦闘態勢に入る。


「そうよね。私が言うのもおかしな話だけど、さっきのような事を話をすれば疑われるのは仕方がないわね。それなら、私と殺し合いをするのかしら?」


「やめておくにゃ。今戦っても勝てる気がしないにゃ……。でも、やるというなら本気で生き抜いて見せるにゃ」


「力の差がわかるくらいにはスペラちゃんの能力が高いなら、これを受けてもらえば理解できるんじゃないかな……」


 少しずつ近づいてくるディアナを前に身構えたまま動くことができないスペラ。

 ディアナの二本の鋭い八重歯がスペラの首へと突き刺さる。

 その時、スペラの脳裏におびただしい量の情報が一度に入りこんだ。


 無論、情報が一度に脳に書き込まれたかと言うとそうではない。あくまで通り過ぎたに過ぎない。それでも今起きたばかりの事なので、すべて忘れることはない。

 この村のたいていの情報と、今起こっている事くらいは大まかにだが理解するにたる情報量。そして、これまでにディアナが辿って来た壮烈な人生を目の当たりにした。


「知られたくなったんじゃないかにゃ……」


「それはそうよね。今まで私が見てきたことの全てだもの。恥ずかしいところだってあったし……。でもそれ以上の事なのよ」


 薄暗くても顔を真っ赤にしているのだとわかる。そお瞳には薄らと涙を浮かべているのもわかった。

 嘘偽りはないということ。そして、旅に同行したい理由も情報に含まれていた。


「一緒に来るにゃ。アーニャが駄目って言ってもミャーが説得してあげるにゃ」


「ありがとう。スペラちゃん、これからよろしくね」


「ミャーこそよろしくにゃ。ディーニャ」


「ふふ、あだ名で呼ばれるなんて何百年ぶりかしら」


「行くにゃ」


「ちょっと待って、時間はかけないわ」


 感傷に浸っている時間などない。ディアナはこの日が来るのを予感していたのだろうか。

 慌てることはなかった。

 

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