第73話「吸血鬼の眷属」
周囲の喧騒など聞こえない程壁が厚い部屋へとスペラを招いた少女は優しげに接してくれたのだがどうにも腑に落ちないところがある。
年上のお姉さんのように見えたというのに、年下の稚い少女だと直感が言っている。しかし、年齢はアマトと同じ位だと思ってしまう。
目の前の少女からは殺気や危険性はまったくと言ってもいい程感じ取れないというのに奇妙な感覚に襲われた。もしかしたら、敵なのかもしれないという判断に行きつくことはない。
「どうしたの? そんなところに立ってないでこっちにいらっしゃいな」
「お前はなんだか不思議にゃ。まるで人間じゃないない見たいにゃ」
「失礼なことを言うのね。でも、それがわかる貴女は凄いと思うわ。今までこの村で暮らしていて気づいた人はいなかったもの」
「お化けなのかにゃ!?」
急に顔を青くするスペラに先程の微笑みを向ける少女。
「お化けだったらどうしよっかー。食べちゃうぞー。なんてね」
茶目っ気をみせる少女の振る舞いは孫をあやす祖母のような姿に見える。それは少女というには無理がある様にも見えるが違和感を感じられたのはスペラの能力によるものだったのは先程の会話から推測できた。
「馬鹿にするにゃー。ミャーはお化けなんて怖くないにゃ。」
そういうと、右腕をバチバチとさせて怒りを露わにする。次第に雷が腕をまとわりつきまるで蛇のように腕を渦巻くときに待ったがかかった。
「ご、ごめん!! からかったのは謝るからおとなしくしてちょうだい。
少女はしきりに謝ってスペラの腕から完全に雷の気配が無くなるまで頭を何度も下げ続けた。スペラもめんどくさそうに思いながらも腕から雷をすっと解放した。
「お前は何者にゃ。ちゃんというなら許してやるにゃ」
「私はディアナ・ホーリージェデッカ。……吸血鬼の眷属……お化けじゃないよ。だから主が死ぬまで寿命はこないし歳も取らなくなったんだけど……やっぱりお化けとかわらないか……」
「お化けは見たことがないからわからないけど、ディアナはなんか違うにゃ。アーニャの為にもこの村で起こってることを話してほしいにゃ」
「アーニャ? なんだかわからないけど、あなたがこの村に何か目的があって来たのはなんとなく察しはつくし力になってあげたいとは思うけど、早く逃げたほうがいいと思うよ。今ならまだこの程度で済んでるけどこのままだとそのうち殺し合いが始まる……」
ディアナはすぐに逃げ帰れと言う。これから何が起こるのか予想ができているのだろうか。この蝋燭が微かに燃える薄暗い部屋の中では外の様子は何一つわからない。
ディアナは奥から透明な水晶を取り出すとテーブルの上に置く。
ゆっくりと手を翳すと水晶から薄らと光と共に村の様子が映し出された。
「水晶に何か映ってるにゃ。どういう仕組みで何が映ってるにゃ?」
初めて見る不思議な水晶に瞳をきらきらと輝かせるスペラにディアナは優しく答える。
「これは私の血で作った使い魔が見た映像を、この水晶を通して映し出しているんだよ。外は今、数日前にこの村に来た女の子を村の住人たちが探してるんだけど、全く見つからなくて……。もうこの近くにはいないんだけど、それは調べつくさないとわからないからこうして徐々に捜索範囲を広げていってるんだよ」
「その女の子が何かしたのかにゃ」
「逆かな……。何もしなかったんだよ。ただ、この村に立ち寄って黒い影のような炎を纏った獣を見ていなかったか聞いて回ってたみたいなんだけど、その時は誰も知らなかったから知らないってこたえたみたいなんだ。そして、女の子がこの村からいなくなってすぐ地面が割れて村の大大半が崖の下に落ちてしまって……そして件の獣が現れたの」
「その影の獣かにゃ?」
「そう、そこで私は一人気が付いてしまったのあの獣の危険なことに。私は普段は人目を避けていたから知り合いはいなかったんだけど、この小さな村ならみんな知り合いだから良くなかったみたい。あの獣に殺されて呪いを受けると死んだ者の記憶が消えるっていう事ね。正確には死んでしまった人の魂が消えてなくなる際に呪いを受けた人はそのものの記憶が消えるみたいなんだけど。私は呪いは受けたけど、もともと友達はいなかったから不発に終わったみたい。条件としては死んでしまった者から知られていなければいけないみたいなんだけど……」
「どうかしたのにゃ」
「私はあなたに知られてしまったからね。あなたが死んでしまったら私はあなたの事を忘れてしまうと思う」
「そんなこと気にしなくていいにゃ。だってミャーは死なないからにゃ」
「ずいぶん自身があるのね」
「当たり前にゃ。ミャーは勇者の従者にゃ。今もむらの外でミャーの帰りを精霊様と迷子の子供と待ってるはずにゃ」
「迷子の子供? その子ってもしかして……」
ディアナは何かを知っているようだ。
知らなければ辛い思いも後悔もしないで済むことがあるように、今がその時であった。
しかし、それが必ずしも最悪な状況だと言えない。
スペラは覚悟を決めて先を促すのだった。
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