第72話「幕間Ⅲ」

 タミエークから北東にある森の中、漆黒の獣は獲物を探すでもなく音速を超えるスピードで颯爽と獣道を走り抜ける。その瞳は少女の幻影に取りつかれていた。

 獣とその瞳に映る少女がどのような関係なのかはが知っている。


 幻影は獣を殺しにくる悪夢そのものだった。獣は人の背丈を優に超える樹木と大差ないというのに、小さな少女におびえていた。かつてその獣が行ったことで招いた結末は悲劇そのものだったのだが、それを責める者などいないだろう。


 しかし、それは人であったならばの話であった。獣に成り果てた彼女は今や忌み嫌われる存在に他ならない。今もこうして森を逃走経路に選んだために、たまたま居合わせた数名の樵は撥ね飛ばされ絶命し、モンスターと言えど格上の生物が通り抜けようとすれば例外ではない。


 考えることなどできもせず、踏み潰され消滅する。そう、この獣の本当に恐ろしいところはその生物の存在そのものを消滅させることであった。

 樵の仲間も数名が突然消えても顔色一つ変えることはない。それもそのはずだ。存在していないことになったのだから、他の人間たちも特に気にする様子もない。


 だからと言って、事象が無くなるわけではない為に目の前には漆黒の四足歩行の獣が蹂躙する事実は消えることはない。

 そのために突然自分だけになるという絵面が完成するのである。


 そして、この森から人間が全て消えた。

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