第71話「猫耳少女は我慢しない」
猫耳に銀髪の少女が単身で草木をかき分け樹木を立体的に潜り抜けていく。身軽なスペラだからこそできる業であり、アマトやユイナではこうも容易く雑木林を抜けることは出来なかっただろう。
雑木林を抜けてしまえば、後は村まで草原が広がっているのみである。
辺りにははぐれたヴーエウルフやランティクスなどのモンスターがちらほらと見受けられるが、構ってなどいられない。今やるべきことは村の情報収集に他ならないからである。村が危険な状態ならば、たどり着くまでは体力を温存しておかなければならない。
遅いくるモンスターをいなしつつ、倒せるならば最小限の攻撃で仕留める。致命傷でなくても追撃は加えず離脱を繰り返しつつ村へと向かう。村まで数キロメートルと距離もそれほど離れていないというのに、モンスターとの遭遇率が高すぎる事に違和感を感じる。
本来であれば、どれほど小さな村であっても人がモンスターの出現する場所に拠点を置くのだから何らかの対策をしているのがこの世界の常識だというのにそれが成されていない可能性が高い。
そんな事を考えながらも足早に村へと進む。辺りの獣への対処も次第に慣れてくると徐々に加速していく。
単純な俊敏性、足の速さはアマトを軽く凌駕するスペラは圧倒的な速さで村への侵入を果たす。
村は簡単な柵にモンスター除けの鈴に簡易的な術法がかけられているだけであった。
効果の程は他の村と比べるまでもないのではないかと思ってしまうほど簡素な物であった。
背の高い建物はほとんどなく全てが平屋建ての民家ばかりなのでその中でも若干高さのある民家の屋根に飛び乗る。雨が激しく降ってるというのに屋根は凹凸の激しい板を重ねただけの板切れだった為滑ることもない。
「これじゃ、絶望するのもわかるけど生き残れたのに勿体ことにゃ」
スペラが谷の方を見て呟いた。
村は谷に面しているのではなく村に亀裂が入った為に村の四分の三が谷底へと落ちてしまい、残った部分が谷に接していたのだ。つまりは村は谷の出現したことにより壊滅的な被害を受けたという事。
村中には松明を持つ人々が何かを探して駆けずり回っている。その様子は魔女狩りを連想させる。この世界において魔女が何を指すのかはわからないが狂喜にあふれた村人たちは最早尋常じゃない。
村の被害の原因が探し求める者なのかどうかはわからないが、ただの人探しには物騒すぎる装いなのだ。
大半が農機具を振り回しては叫びをあげている。それだけで、何も知らない部外者が立ち入れない領域だと理解できる。この画一化された社会における部外者とは討伐すべき対象だと言わんばかりの威圧感を放っている。
「小娘どこへいったぁ」
「奴さえいなければこの村がこんな事になるなんてことはなかったんだ」
「あいつを殺さねば俺の怒りはおさまらねぇ」
「昨日までは平穏な毎日だったのに、ただのんびり過ごしたかっただけなのに!!」
口々で叫ばれる発言はどれも利己的なもので、一人の人間がそれらを奪った根拠は聞こえてこない。
厳密にいえば、対象が何かをしたからこの村の壊滅に繋がったなどとは一切言わないのだ。
結局ははけ口として利用されていたのだろうと容易に想像がつく。
激しい雨がスペラの存在感を完全に消してくれたおかげで潜入は無事に成功し、情報を集めるには絶好の機会を手に入れることができた。しかし、ただ様子を窺っているだけでは決定的な核心に迫るような情報は獲得することができない。
となると次は村人とのコンタクトあるのみ。
だが、スペラは対人コミュニケーション能力が著しく低くご機嫌伺いなどできるはずもない。という事になれば必然的に情報を無理やり得ることになるのだがなかなか狙いが定まらない。
理由は簡単であり、実行が難しいのは明白。村人たちの言動もさることながら、明らかに集団行動がとれていないにも関わらず、仲間内での争いが一切ないのだ。各自怒りに我を忘れているのならば近くの人とぶつかっただけでもいざこざが起こってもよさそうなものだがそれも一切ない。
妄信的とはいえ度が過ぎているのではないかと思える程周りが見えていない村人。
スペラも誰の口を割らせるかで非常に悩んではいるものの結局は決めかねている。
結局のところ村を徘徊する狂喜に満ちた村人からの、情報など役に立つかも不明な為早急に選択肢からずして考えていた。
表に出ている村人に用はないと判断すると屋根からの偵察もそこそこに、民家の扉を開けて中へと侵入する。どれももぬけの殻となっていたが、一件だけ奥の棚の後ろから微かに物音が聞こえてきた。
「誰かいるのかにゃ? 隠れてるってことは村にあふれる頭のおかしな連中とは違うってことにゃ。この村がどうなってるのか教えてほしいにゃ」
スペラは棚の後ろに向けて声をかけた。もちろん返事がなどするはずもなく家の中は静かに雨音だけを響かせている。
しかし、ここで黙っ引き返すことは出来ない。だからと言って無理やり聞き出そうとすれば正しい乗っ方が効けないかもしれない。
「わかったにゃ。それなら出てきてくれるまで待つにゃ。ミャーはこう見えてもがまんずよい方にゃ」
スペラは床に胡坐をかいて座り込む長期戦の構えを取った。
そして、1分後……。
「にゃーーーー。もう限界にゃ!! 粘り強いにもほどがあるにゃ」
スペラは我慢の限界がきて喚きだした。
「ふふ、猫さんはあんまり辛抱強くはないみたいね。それよりもあまり大きな声は出さないで、そとの連中に気づかれるわ」
棚の後ろには非常用の隠し部屋があったようでそこに隠れて安全に身を隠していたらしい。
そこから出てきたのは近所の気の良いお姉さんのような少女だった。年齢は恐らくアマトと同じくらいだろうか、落ち着いた雰囲気の優しそうな少女なのだが、その顔には疲労が見え隠れしていた。
「教えてほしいにゃ。この村は絶対おかしいにゃ」
「ひとまず、奥の部屋においで。そこで話すから……」
「わかったにゃ」
スペラはアマトを超える程の危険察知能力でこの少女に敵意をがないことを見抜くと奥の部屋へとついて行く。スペラは着々と任務を全うしていくのだった。
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