第70話「猫耳少女単騎潜入」

 獣の動き回る独特の気配がほとんど消えたというのに、かなり離れた場所に何かの気配を直感的に感じた。

 

「なんだ……」


 ネズミ殲滅に気を取られていたが雑木林の隙間から谷のある方角に目を向けると赤く燃える光が見えた。曇り空と雨で薄暗くなっていることが重なった為に気づくことができた。だいぶ離れているがあそこに村があるのだろう。

 しかし、距離と方角からすれば谷に面しているか谷に限りなく近い場所にあるに違いない。


「これで最後だにゃ!!」


 スペラが最後の一匹を倒したことでようやく一息くことができる。スペラは言葉通り魔力に余力を残していたのだろ。人の腕に戻った右腕は精霊術によって焼けることはなかった。スペラもまた魔力が上がっているという事だ。その成長スピードも恐らくパーティーに加入したことで上がったのだろう。


 パーティーに加入するということは即ちこの世界の理から外れる事になる。俺の及ぼす影響は思い他大きなものとなっていたのだ。 


「どうしたの、アマト?」


 俺が村を発見したことも、今思っていることもわかっていて敢えて抱え込まないようにユイナは声を駆けてきたのだろう。

 何を言っても受け止めてくれそうな気がしてくるのは身勝手なことだとは思わない。


「谷がある方に何かが燃えているような光が見えたんだ。雨が降っているのに消えなていないという事は人が起こしたものとみて間違いないと思う。行ってみよう、若しかしたらこの子はあの村の子かもしれない」


「アーニャが行くっていうならついて行くだけにゃ」


「ちょっと待って。何か嫌な感じがする……。あんまりうまく言えないんだけど、憎悪っていうのかな……憎しみとか怒りとかが絡み合う感情が渦巻いてる気配を感じるの。だから、行かない方がいいと思う」

 

 ユイナが村へ向かう事に反対した。今まで俺が行くと言えば基本的には賛成してくれたので、反対意見を出したことに素直に驚きつつも聞いた方がいいような気がした。

 今までは可もなく不可もなくそれならば俺の行く道がそのまま進行方向と言うわけだった。しかし、今回は明らかに良くなことを感じたから行くなと論理的てリスクがあるから、行くなと止められたのだ。


 スペラは相変わらず俺が行くと言えば行くと言うので多数決をとるならば必ず俺が勝ってしまう。それでは多数決の意味はないので、全員の意見を聞いたうえで判断するしかない。

 意見が割れるのならば、他にも取れる策はあるのではないだろうか。


「ユイナも村と人の存在に気づいてたってことか……。それなら、裏付けが取れたわけだから行ってこの子をあの村の住人か確かめておきたいところなんだけど、危ないんだろ?」


「アマトに言われるまでは何も感じなかったんだけど。アマトのが言う方角に何が有るのかが気になって意識を集中させたら、急に無数の感情が私の中に入ってきたのよ。こんなこと今までになかったんだけど、だからこのまま行かない方がいいんじゃないかって思ったんだけど、やっぱり行くよね」


 結局は俺が行くことを止めるつもりはないのか、振り切ってでも行くと思っているのか最終的な判断を俺へと促す。

 ここで危険だとわかっている二人を連れていくのも気が引けるというものだ。ならば選択肢は一つしかないだろう。


「俺がこの子を連れて村へ行く。二人にはここで待っていてほしい。危なくなっても俺一人逃げるだけなら恐らく大丈夫だ。この子が村の人間じゃなかったのならそのまま連れてくればいいんだから」


「一人では行かせないよ!!」


 ユイナは声を荒げて俺の単独行動に待ったをかけた。反対されたとしても意見は聞き入れられると思っていた為意表を突かれた拍子に一歩後ずさると樹木に激しく打ち付けられた。

 

「心配しなくても俺一人なら大丈夫だって。あくまで偵察みたいなものなんだからさ」


「偵察ならスペラの方合ってるんじゃないのかな? 安全を確認できたらすぐに戻ってきてもらえばいいんだし、アマトが一人で行くのは違うんじゃない」


 ユイナが言っていることは間違っていない。むしろ当たり前のことを言っているに過ぎない。しかし、どうしても仲間を単独で危地へ送り出す気にはなれない。裏を返せば仲間を信頼していないとも言えるだろう。

 

「わかった。ここはスペラに行ってもらう」


「わかったにゃ、すぐ行ってくるにゃ」


「危険だと判断したらすぐに戻ってこい。絶対に無茶はするなよ」


「もーアーニャは心配性なんだからにゃー」


「茶化すな!!」


「にゃっ」


「ごめん……。でも死んでほしくないから……」


「ごめんなさいにゃ。危なくなったらちゃんと戻るにゃ」


「スペラ、本当におかしなことになってると思う。気を付けてね」


「了解にゃ……行ってくるにゃ」


 こうして単身で奇妙な、喧騒に塗れた村に乗り込むことになった。

 俺たちはここで猫耳少女の帰りを待つ。ただ待っているだけの方がいろいろ考えてしまうものだとこのとき思ったのだった。

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