第69話「少年と虎と鼠と……」
時間は午後12時を回っているが、昼食をとる余裕もなくただ先を急いでいた。
相変わらずモンスターや野生の獣が辺りを徘徊しているところから推測するに、人が住む場所からはまだ離れていると思われる。
「にゃ! 人の気配がするにゃ!! ちょっと見て来るにゃ」
スペラが腰の高さまで生えている草木の生い茂っている場所へと注意を向ける。危険があるのも事実だが、先手を打てるならば先に動いた方がいいこともある。ここはスペラの判断に任せることにする。
「無理はするなよ。危なくなったらすぐに戻ってくるんだぞ」
「わかってるにゃ」
草木をかき分けるように気配のする方へと入っていくスペラを待つことにした。
数刻もしないうちに小柄な少年を抱きかかえて戻ってくるスペラに、慌てて駆け寄る俺達。
少年からは悪意のようなものは一切感じられない。ただの迷子だろうか……。
「かなり衰弱しているよ。すぐに治癒魔法で治してあげるからね」
ユイナは両手を少年へと当てるとすぐに魔法を発動する。
今更ながら治癒魔法の精度が格段に上がっている事に気づく。魔法の詠唱ももともと必要とはしなかったようだし、練度を上げることで効力が格段に上がるようだ。
少年も一瞬と言える程短い時間で顔色が良くなり、呼吸も安定した。俺は再び体を冷やさないようにと思い着ているロングコートを少年へと掛けてやる。
以前として雨が降りしきっている為、このままここにいても仕方がない。
少年がどこから来たのかわからない為、起きるのを待って村の場所を聞くことも考えはしたものの子供の歩ける範囲などたかが知れていると割り切りそのまま進路を変えずに歩くことにした。
仮にたどり着いた先がこの子の村出なかった場合は他の村に送り届ければいい。ここにいるよりはその方がいいと判断するしかなかった。
モンスターの警戒を常にしなければならない状況からは脱出しなければならない。
「どうするにゃ? 倒れてたからとりあえず連れてきたけど、邪魔にゃ」
「その判断は間違ってない。スペラがそのまま見捨ててきたって言ったら俺は軽蔑してと思う」
口ではそうは言ってみるも俺がこの子と二人を天秤にかけたら俺は助けると言えただろうか。さっきのような状況で襲われでもしたら、負傷者を抱えて戦えるわけがない。それに目を覚ましたらいきなり襲いかかられる可能性だってある。
「アマトなら連れていくと思ってたよ。絶対に見捨てたりしない。私は知ってるから」
ユイナがこういってる以上それに乗っかるしかない。
スペラの獣の勘と俺の色を見る力と危険察知に反応がない以上、俺達よりも各上でなければほぼ無害と言えるのだが、それを断定するには経験が足りない。
それならば今は目の前の命を救う事だけを考えるだけだ。間違っていなかったとしても見捨てたとなれば禍根も残るというもの。
俺はスペラから少年をそっと落としたりせぬように、抱きかかえる。
わざわざ俺が代わったのにもわけがある。
三人の中で最も機動力があり偵察に優れるスペラの運動性を損なわせることはしたくない。
ユイナも魔法の行使に精霊魔法の制御と補助に回ってもらわないといけない。
そうなれば、唯一手が空いているのは俺だけだ。
オールラウンダーなポジションであることは即ち器用貧乏ということである。
「俺の代わりに二人には守りに力を注いでもらいたい。警戒は一層強めてもらうからそのつもりで頼む」
「「了解」」
二人の声も強まる雨の中ではかすんで聞こえる。それほどまでに激しさを増す雨に行く手は阻まれる。元の世界でもゲリラ豪雨などという言葉があるがまさにそれに匹敵するのではないかと思わせる。
幸いにも辺り一帯が土と草木の生い茂る地面という事もあり水は一度にとはいかなくとも、地中へとしみこむスピードというものはコンクリートの比ではない。
足をとられながらも少しずつ進む。辺りは雑木林のような統一感のない草木が無造作に生えているだけの雑多な場所だ。降りしきる雨を妨ぐには心もとない。
それでもここを通れば遮るもののない平原よりは幾分かましであろう。
どれだけ続くかもわからない雑木林を駆け走るさなか、モンスターは襲い掛かってくる。雨宿りをしているつもりなのか、明らかに遮るもののない草原地帯よりもモンスターの数が多い。
『ランティクス レベル4~31』 ランクG 備考:集団行動による能力強化
バスケットボール大のネズミ型モンスターが辺りを駆け回っている。
その数は100匹を優に超える。ヴーエウルフなどとは違い、群れのボスが明確に見て取れるような姿、形をしていない。
ボスだから目立つ、そして戦闘力が高いというのは一見すれば厄介にも思えるが手ごわいボスの撃破が群れの壊滅への礎となる。しかし、統率する者が群れで突出する肉体的な能力を保持していない場合、ボスを探して撃破するのは困難であり、群れを壊滅させるための労力が多くなってしまう。
手当たり次第、飛び掛かるランティクスから俺を守るように二人が接近される前に撃破していく。それでも数の多さと地の利はネズミ共にある。
二人の隙間を縫うように走り抜け俺の脚のすねに噛みついてくるネズミを、近くの木に思いっきり蹴りを放ち蹴り潰した。それでも次から次に襲いかかってくるが両手が塞がってる為ガルファールは使えない。
「アマトごめん!! 一匹抜けた!」
「ごめんにゃ!! 一匹抜けたにゃ」
二人は数十匹単位で捌いているもののどうしても間を抜けてくるものが出てしまう。数匹で済んでいるのはむしろかなり高い水準で捌ききっているとさえ言える。
「あっ! くそっ! うっとおしいなあ」
地面を這うネズミは素早くなかなか動きを読むことができない。立ち止まればタックルによる攻撃で足元を崩してくるが、倒れるわけにはいかない。危険なのは無防備な顔面に攻撃を受ける事。
まとわりつく数も次第に増え、今では10匹近くに囲まれている。スペラも隙を見てはこちらのランティクスへ放電を放ち牽制するが、慣れてしまえば怖がらずに襲い掛かってくる。
両手が使えないだけで雑魚モンスターに手が出ないなんて屈辱を感じずにはいられない。俺は足に炎を纏って蹴りを放つのだが、結局一体ずつ燃やすのではあまり変わらない。
ネズミ共は跳躍力もなかなかのもので油断していると顔の高さまで飛び掛かってくる。腕に抱いている少年が無防備だとわかれば容赦なく狙ってくるところはなんとも勇ましい。
肘鉄を喰らわせて撃退しようとするが、勢いが全く乗らず致命傷どころか痛手を負わせることもできない。アビリティで敵の動向が読めてもそれを活かせることが現状では全くできない。
魔法か、スキルか、体術か何をどうすればうまくこの場を乗り切れるのか思考する。
「試してみるか……」
俺は遅いくるモンスターでも、二人の仲間でもなく地面に向けて意識を集中していく。今までは生命や大気の流れを色として見ることを心がけていた。
地面は雨による水の流れと空気の流れと地面にあふれるマナに地脈など情報量は非常に多い。それを色として細分化することで魔法の行使が容易に行えるようになる。
「ここだ!!
地面から突如現れた2メートルを超える土の刺がネズミ共を串刺しにしていく。一度の俺を中心に10本の土針を発生させ囲むようにネズミ共を串刺しにし尚且つ守りも固めることに成功する。土は発生させたものではなく元々地面にあった物を使ったため魔力の消費は意外と少なく済む。
実態の有る土の刺が地面から生えることで俺を守る壁となりランティクスの接近を拒む。俺は魔力を込めた蹴りでいつでも自由に破壊することができる為、土針をよじ登ろうとしたならば容赦なく破壊し、体制を崩したところで再度、土針で串刺しにするか蹴り殺すか自由自在に使い分けることが可能になった。
何度も足による攻撃を繰り出すうちに、足が思った通りに動くようになっていく。回し蹴りの切れに関してはスキルとして認識されている為か一撃でネズミを粉々にする一撃必殺の業へと昇華していた。
「アーニャやっぱりすごいにゃ!! この短時間で土を自在に操れるようになるなんて流石勇者!!」
「駄目よスペラ!! アマトは小さな子を守りながら戦ってるんだから、私達で最数を減らせないと危険なのは変わらないんだから!!」
「わかったにゃ!! ちょっと本気を出すにゃ。 ユーニャマナを頼むにゃ」
「しょうがないわね。回復させてあげられる時間はないからね。余裕をもって魔法が切れる前に教えるのよ」
「わかってるにゃ。ユーニャもアーニャも心配性だにゃ」
二人も徐々に討伐する効率が上がっていく。徐々に雑木林の中に入っていくことで、モンスターが360度どこからでも襲いかかってくるようになるが、窮地になればなるほど対処できるようになっていく。
まさに窮鼠猫を噛むということわざ通りだ。否、追い詰めていく対象がネズミなのだから逆だろう。
これならば少年を守りながらでも戦える。油断せずに襲いくるモンスターがいなくなるまで倒しつくす。
「もう、あと少しでこの無駄な殲滅戦も終わる。二人とももう少し頑張ってくれ」
「私は大丈夫だよ。それよりもスペラが無茶してるみたいなの」
「ミャーは大丈夫にゃ。全部狩りつくすくらいの魔力は残ってるにゃ」
「スペラ、無理するなと言ってるんだ。何があるかわからない以上力は温存しておけ!!」
「わ、わかったにゃ……」
俺が声を荒げたことでスペラはしょんぼりして耳が垂れてしまった。確かにネコ科動物ならばネズミに対して好戦的になるのはわかるがそれでも好き放題させるわけにはいかない。
俺が気に掛けるだけで無茶をしなくなるのならばそれくらいの手間は惜しむつもりはない。
少しずつだが、確かに周りを見るだけの余裕が出てきたように思える。
それは、新しい力を手に入れたからなのか心に余裕が出てきたからかはわからない。
自分を評価するのは自分ではなくいつでも他者なのだから。
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