第75話「新たな絆と新たな脅威」
スペラは一人秘密の部屋から出て薄暗くとも、明かりを焚かなくても良い居間で部屋で待つことにした。
外の喧騒は激しさを増しているのだろうか、騒がしい音がここまで聞こえてくる。
部屋は壁にいくつかの棚と本棚を除けば、他には何もなかった。生活感と言うものがあまり感じられない。
特にすることもなく外を眺めていると、奥から着替えを済ませたディアナが現れた。
青と黒のゴシックドレスに身を包んだ金髪緋眼の少女は、自分の背丈ほどの棺桶を背負っている。中に入っているのは何かの死体なのか、それとも吸血鬼は棺桶で眠るのだろうかといろいろと思うところはあった。
しかし、過去の記憶を垣間見たスペラは中に何が入っているのかを、徐々に思い出すかのように鮮明に中の様子が頭に浮かんできた。
「お待たせしました。スペラちゃんでは行きましょうか」
「それがウェポンマスターの秘密にゃ?」
「ただの棺桶……って言ったところですべて見せてあげたから中身はわかってるわね。あまり口外はしないでね」
「敵に口を割るほどニャーは優しくないにゃ」
「信じてるわ。最早信じるしかないんだけど……」
「安心するにゃ。ディーニャの願いはミャーが叶えるにゃ」
「頼らせてもらわね」
「大船に乗った気でいるといいにゃ」
「ふふふ、頼もしいわね」
外見は少女そのものなのだが、大人びているディアナ。吸血鬼だと言われればそれも理解できる。歳はわからなくともスペラよりも長く生きているのだろうから。
ひらひらと装飾がされたゴシックパラソルを一つスペラに手渡すと、ディアナは目の前で開いて見せた。
外に出れば、激しい雨が降り続いている。傘も持たずに出れば濡れてしまうのだから至極当然の行動なのだが、スペラにはなじみがなかったようできょとんとしている。
「傘は使ったことがないのかしら。雨に濡れないようにさす物よ」
「それは見ればわかるにゃ。でも傘をさしていると片手が塞がってしまうにゃ。それに動き回るにも邪魔になるからいいにゃ」
「あらら、仕方がないわね」
結局傘をさすことなくスペラはそのまま歩き出してしまう。
それをすかさず追いかけ真横につくことで雨から守るディアナ。
「にゃっ!」
「私がスペラちゃんに合わせれば、両手は空くでしょ。これで雨にもぬれずに済むし、自由に動けるのだから問題ないでしょ」
「ディーニャが動きづらくなるんじゃないのかにゃ」
「そうね、確かに私は片腕は塞がるしスペラちゃんの動きに逐一合わせなくてはいけないわ。でもね、誰かに合わせるという事が悪いことばかりではないのよ。特に私はずっとあの人の為に生きてきたのだから。そして今も……」
「アーニャを真祖に合わせるのかにゃ?」
「そのつもりよ。退屈を持て余していたあの人は私にそれを解消する為に勇者を連れてくるようにと初めて命令したの。それは私を退屈な生活から解放する為の方便だったと思うの。勇者というのは、世界各地にいるのよ。名乗ることも簡単で、少しの功績でも周囲に持ち上げられれば勇者は生まれる。でもね、世界はそれを認めるとは限らないのよ。恐らくあなたの主の勇者もあの人が言う勇者ではないと思うの……」
「にゃ!! アーニャは勇者にゃ!! ミャーは今まであんな力をもった人間は見たことがなかったにゃ。それに精霊様とも契約していておとぎ話の勇者そのものにゃ」
ディアナの横に寄り添い雨に濡れないようにしながらも、激しく抗議するスペラ。スペラはアマトが勇者であることを少しも疑ってはおらず、自分が勝手に勇者と言い出したことなど忘れてしまっていた。
「ごめんね、何もアーニャさんの事を否定するつもりはないのよ。スペラちゃんが言う勇者と私が求める人は同じだったのよ。だってスペラちゃんから溢れる力は自称勇者がもたらす恩恵では到底たどり着けない域にあるのだから。アーニャさんの力は勇者という領域ではないと思うのよ。強いて言えばこの世界の希望そのもの。まさに英雄になるべくして表れた光。あの人が求める者はアーニャさんで間違いはない……そう確信したの」
「見てもいないのによくわかるにゃ。会ってみて違ってたらどうするにゃ」
「それは心配しないでちょうだい。何度も言うようだけれどスペラちゃんの力が手に入れた力こそが言うなれば勇者の力そのもの。それを与えられる者が勇者と一括りにできるわけないわよね」
「そんなものかにゃぁ。」
「そんなものよ」
二人は村から出るべくスペラが村に入って来た南の方へと向かっていたのだが、先程までの村人たちの声が一切聞こえなくなっていた。村は決して広くはないのだからそろそろ村人の一人にでも出会ってもよさそうなものだが、まるで廃村のように人の気配が感じられない。
至る所に農機具が転がっているもののそれを所持していた者は見当たらず、だからと言って争った形跡すらない。忽然と姿を消した村人に戸惑いと不安を覚えずにはいられない。
「村人たちは女の子を探していたのだけれど、見つけることは出来なかった。それは、もうすでにこの村から出ていった後なのだから仕方がないとして、それを許さないのがあの悪魔なのよ」
「あの女? これをやった犯人を知っているのかにゃ!!」
「私も結局見つけることは出来なかったから、恐らく本体はこの村にはいないと思うわ。おそらく自分は安全なところで高みの見物をしているのよ。今はレイブオブスという組織を作って暗躍しているみたいだけど」
「何度もちょっかいを出してきてるにゃ。面倒な奴に目をつけられたものにゃ」
「あらあら、もう出会ってたのね。それならこの好機を黙って見過ごさないのもわかってるわね」
「やっぱりかにゃ……。できればああいう姑息な手段をで襲ってくるやつとは戦いたくないにゃ」
「敵に戦いたくないと思わせる程の強敵ってことよ。幸いなことにスペラちゃんは今一人じゃない。私がいるのだから、冷静に対処すればどうにだってなるってことを忘れないようにね」
「わかったにゃ。何が来ても返り討ちにしてやるにゃ」
スペラはディアナに精一杯の空元気で応える。過去に何度か戦ってきたが一人では対処できないのは結果として理解していた。アマトの戦略、ユイナのサポート、スペラの機動力が合わさって初めて互角に戦ってこれたのだ。
あと少しで村から出られる。すぐにアマトとユイナの元へ駆けつけるつもりであった。しかし、村の入り口にはスペラ達の二倍近い身長の屈強な大男が立ちふさがった。
異質なのは全身墨を零したかのように真っ黒だという事と人の形をしてはいるもののどこかマネキンのように見えるからだ。
予想はしていた。どうやら、ディアナが言った通りの展開になるらしい。
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