第64話「魂を喰らう力」

 魔力を可能な限り使うことを心がけモンスターに攻撃を仕掛ける。魔力は使いきれば跳ね上がるが非常に危険な状態に陥る為ぎりぎりまで減らして回復してから再び魔力を行使することにする。

 ユイナは闇の属性が得意でスペラは雷の属性に特化しているが俺は魔法というものの根本的な考え方の違いからなのか、特に得意不得意というものを感じてはいなかった。


 一度受けた魔法であれば感覚として身体が無意識に記憶し、まるで体の一部のように行使することができるようになっていた。無論、元の世界には魔法などは一切存在しなかった為予備知識などあるはずもない。

 全てが真っ白なところに手当たり次第、魔法を行使した結果。属性という細分化された枠に捕らわれることなく魔法という概念をそのまま一つの集合知識として会得するに至った。


 最早、この世界の魔法という概念で表現できる全てを行使できる可能性がある。

 そもそもアビリティをPPの消費で取得可能な為、適正など無くても力技で覚えることが可能だったのだが、無駄にPPを消費しなくてよいのは運が良かったと言える。


 技の取得には適した環境が整っているというのに、うまくいかなくて苛立ちだけが徐々に増していく。

 ユイナとスペラが辺りのモンスターを殲滅するのも時間の問題だというのに、魔法の重ね掛けは疲れるばかりで成功せずに魔力は限界まで消費されてしまう。


 剣を振るってみても単調な剣戟だったと思い知るばかりで、ダメージは通らない。

 素人が身体能力ばかりを底上げしたとしても所詮は素人。

 生きるのに必死なモンスターや人間相手に敵うはずもない。つまり、俺に人や、モンスターの命を奪う覚悟ができていないという事を現していた。


 ユイナは確実にモンスターを屠る為に、跡形もなくなるほどの高火力ではなく超分解という方法で焼却を行った。

 スペラは効率的に命を刈り取る為に、百腕の心臓である核をピンポイントにつかみ取り抹消して見せた。


 俺はと言えば、素手で直接触れることもなければ圧倒的な力で消し去るようなこともしていない。 

 せいぜい、目の前の障害を一時的に取り払っているだけに過ぎないというのが現状だった。

 炎を纏った剣で焼き斬ったり、雷を纏わせて突きを放ったり、刀から温度を奪い去り粉砕を狙った打撃を加えたりと試せることを一つずつ試すが必殺と言えるものはない。  

 

 せいぜい付け焼刃に過ぎないとわからされる。

 ふと、気が緩んだのかガルファールが手から滑り落ちる。雨で手が滑ったとか、炎の熱のせいで汗ばんでいたからだとかそんなことではない。戦場で得物を意図せず落とすという事は最早、命を落とすも同じ。


 百腕には顔や目のようなものはついていないというのにまるで、これを狙っていましたと言わんばかりに全身のあらゆる腕が俺の体にまとわりついてくる。

 力任せに襲ってくることもなく、ただただ纏わりついているだけに思えるのは、圧倒的な力の差があるからなのか、そもそも俺に危害を加えるつもりがないからなのかと甘い考えが脳裏を過る。


 徐々に身体から力が抜けていく感覚と、痛みや疲れが感じなくなっていき次第に何かを考える事すら億劫になっていく自分を客観的に認識するに至る。

 まるで幽体離脱でもしたかのように、百腕に捕らわれた自分自身の姿を遠目に見ている俺がいる。


 このまま苦しみを感じずに死ねるのならばそれは好機なのではないだろうか。

 今ならば、痛みも苦しみも何もかも感じることなく静かに死んでしまえる。

 そんな事を思いながら自分の体を眺める精神……。


「……」


 魂の抜けたように言葉を発することもない肉体。

 百腕は別段強くはなく、超再生をどうにかすることだけを考えれば倒すことは難しくないと思う。

 それにも関わらず、無意味にされるがままになって死を待っている。


 否、もうすでに精神が肉体を離れてしまった時点で死んでしまったのかもしれない。

 

(こうして触手に襲われる男ってのを傍から見ててもあんまり嬉しくもなければ、見てて楽しくもないな……まあ、自分の体だから見てられるけど、他の男なら嫌だなぁ………って……ん!?) 


 今、何か見えた気がする。

 本来は見えるはずのないものだと、今なら理解できる。普段何気ない日常を生きていれば生活に溶け込んでしまって見えていても気が付くことのない一瞬の煌き。


 それが永続的に魂に直接映像として流れ込んでくる。これが目で見ている景色ではないのだとはっきりとわかるのは魂や精神体には物理的な目などは存在しないからである。


『色創世認識取得』


 今確かに聞こえた電子音は俺に新たな力を与えたことを知らせる。

 今まで感じていた事象を引き起こしていた原因となる、百腕の精神攻撃を今ならば着色された空気の流れのように認識することができる。


 得体のしれない精神攻撃という存在を認識することで、雲をつかむような実態のない攻撃だろうと俺はその流れを感じることで遮断し、完全に打ち消すことができた。

 

『精神攻撃無効』


 それが経験という形でアビリティとなり俺の糧となる。

 今なら、目の前の百足を圧倒的な力でも粉みじんにする剣技でもなく絶対に存在を消し去るという覚悟で倒すことができる確信がある。 

 

「まさか、こんなゲテモノに教えられるとは思わなかった……」


 百腕から溢れ出す生命力を視認すると今まではただのゲテモノにしか見えなかったが、必死に得物を求める生物本来の欲求のようなものが感じ取れるようになっていた。『目で見るのではない、心の目で見る』とはよく言ったものだ。その源となる核の存在が本来の形とは違ってフィルム越しに見ているかのように俺の瞳に映る。


 俺はゆっくりとガルファールを核へと滑らせる。核は逃げるように中心から外側へと移動するが、その軌跡もまるでガイドラインかのように俺の瞳には映る。

 ガルファールは魔力ではなく俺の魂か精神エネルギーを纏って、すんなりとその軌跡を辿ると不思議と時が止まったかのように静かに核が二つに切り裂かれつつ消滅していった。


 まるで俺の魂が百腕の魂を飲み込んだかのようにも見えた。


『吸収取得』 


『精神攻撃取得・超再生取得』


 俺はとんでもない力を手に入れてユイナの両親の言葉を思い出した。

 そして、俺のステータスによる能力の上昇というまるでゲームのようなシステムの本当の意味を知る。

 

「俺の魂の有り方が力だったんだ……」


 この力は俺の力の本の一部に過ぎない。100万を超える魂がこんなものだと考えるには些か早計というものだろう。

 力は使いこなせなければ意味はない。力というのは才能でも、努力でもなくそれを掴みとる運とチャンスをものにするという絶対的な気持ちが物を言う。


 傷一つなくなった青年は一つ高みへと昇る。

 それは人間という器から一歩別の何かに近づいたことを意味する。

 しかし、それでもこれから起こる高次元の戦いの中では心もとないのだが、微塵も感じることはなかった。急激に力を得ていくという事は時として視野を狭めるのだと、気が付いてさえいれば失わずに済んだと思い知る……。


 これから遠くない未来、アマトは目の前で大切な何かを失う……。

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