第63話「猫耳少女とハーフエルフが成せる業」

 ある程度谷淵からは距離を開けて歩いているとは言え、崩れるときは数十メートル単位で崩れていく。

 際どい所に杭を打ち込んでロープを渡るような方法では、杭の打ち込んでいた地面諸共谷底へ落ちてしまう。安易な方法をとらなかったのは正解だろう。


 谷付近にはモンスターも危険を察知してか、近寄ることはない為エンカウントを避けるならばぎりぎりを進めばいいが命を懸けるには割に合わない。

 ここはおとなしく、モンスターを蹴散らしつつ事故のリスクが少ない距離感を保って東に歩んでいく。

 

 朝早くにホテルを出たが、もうすでに昼前になっている。

 薄暗い為時間の感覚は体感で感じ取りにくく、今一把握しずらくなっているものの俺には時計のアビリティが有る為さして問題にはならない。それは、時間という概念が精神に安寧をもたらすからであってその感覚が失われると不安に苛まれることになる。


 これは時計など存在しない時代から言えたという。

 ある囚人を日の光の届かない部屋で数日過ごさせた。すると時間の感覚が狂いだし体内時計が乱れ、生体機能に不調をきたした挙句に命を落としたそうだ。

 

 代を重ねることで身に着けた種族としての特性ではなく、一代で身体を周囲の環境に適用させることは種族を問わず難しい。

 わかりやすい例えとして有名なのは昼夜逆転生活をすることで、寿命が10年から20年縮むという話がある。


 人間であれば太陽の光を浴びることで生成される栄養素、一つ上げるならばビタミンDなどがあるわけだが昼夜逆転生活をするならば、それを意図的に摂取しなければいけない。

 しかし、何十と世代を重ねていくことで夜行性になることもあるそうだ。


 つまり、未来の子孫に託すような気の長い話でなければ時間は正確に把握し常に昼夜を意識して生きる他ない。

 アビリティには不眠不休で動ける類の物もあるが、あまりにもむやみに修得していけばいずれは人の姿をした何者かになってしまいそうだ。幸いにもアビリティはレベルと修練によって自在にコントロールすることができる為、痛覚耐性で無痛になることもない。

 

 谷を見つけてからというもの辺りが慌ただしくなったように感じる。雨が降ると獣はおとなしくなるものだが、獣ではない百腕のようなモンスターは活性化するようだ。

 次々と地表に腕を這わせては這いずり回り、小柄な動植物を地中へと引きずりこんでいく。


「何度見ても気持ち悪いな……」


「なんか、ホラー映画みたいだよね。私、怖いのは苦手かな」


「二人は休んでていいにゃ。ミャーがこいつらを倒してくるからにゃ」 


「ちょっと、待った。あれは駄目だ。ざっと見た感じ8体いるが、さっきは3体で魔力が切れただろ。マナは周囲から集めるから実質無限だが、魔力は体内の貯蓄が物をいうんだ。全部倒すまでに腕が燃え尽きるのはさっきのでわかってるはずだろ」


「でも……早く慣れて二人の力になりたいのにゃ……」


「十分俺達の主力だって、理解わかれ!! 何度も言わせるなよ」


「それなら、休憩しながら倒していこうよ。無理をするほど余裕がないわけでもなんだしね」


「そういう事だ。スペラはユイナの合図で攻撃を開始、3体倒したらすぐにユイナの元に戻る。魔力が切れそうならば無茶はせずにリターンだ。行けるか?」


「「了解」」


 ユイナとスペラはタッグで行動を開始する。

 俺も黙ってみているだけではない。スペラのアイデアは非常に理に適っているのだから、俺が利用しない手はない。


 ガルファールを鞘に納めると、右手に意識を集中し雷によるプロテクトを纏う。

 そこから炎を生成しようと試みるが、これがなかなか難しくうまく具現化することができない。

 二種類の属性を一度に具現化するのは、思っていたよりも容易ではない。スペラが二属性を扱えるのはあくまでも本人の魔法とユイナの精霊術の組み合わせがあってこそなせる業。

 

 繊細な動きを得意とする人間の腕から、豪快で強靭な獣腕へと変異させることで能力を限界まで引き上げ絶大な力を生み出し魔法と精霊術を纏う事も可能とする。

 これはスペラの生まれ持った性質があってこその素養が成せる一種の才能である。


 それを俺は自分一人の力でやろうとしたのだが、一朝一夕でうまくいくはずもなかった。パーティーメンバーの固有アビリティを使えるようになったとはいえ獣化を試すが、これもうまくいかなかった。

 せいぜい腕が少しもふもふな毛に覆われる程度のもので腕そのものには特に変化はなかった。


 ユイナの固有アビリティも全く使いこなせていない。たまに、知らないことを急に思い出したかのように理解できることがあるがそれも唐突であり、実戦で役に立つ類のものではない。

 徐々に体に馴染む感覚はしているのでいずれは使いこなせる時が来るとは信じたい。


「それにしてもあのコンビは凄まじいな」


 俺は二人の息の合ったコンビネーションを見て誰にも聞こえない程小さな声で呟いた。

 ユイナはスペラにマナを供給している間も炎の魔法で一体ずつ焼き払っている。

 広範囲ではなく一体ずつ的を絞っていくのであれば雨の影響も思っている以上に少なく抑えられる。


 スペラの魔力が切れかけてくればそれを察してマナの供給を止め、火傷する前に撤退を促し軽傷でも傷を負えば治療し、再び戦闘を再開する。

 まさに攻防一体と言った具合だ。


「まだまだこれからにゃ!!」


「アマトはどうするの……いろいろ考えてるのはわかるけど、マナは送らなくて大丈夫? 少しくらいなら私も勢いでどうにかできそうな気はするけど……」


「俺の方は大丈夫。いろいろ試してみてうまくいかなかったら頼むかもしれないけど、それまではスペラの事を見てやってくれ。どうも見ていると無茶が多いというか、無謀というかとにかく危なっかしいんだ。特に新しい技を覚えて調子に乗っているときが一番危ないからな」


「無茶をしているのはアマトも一緒でしょ。私はいつでも大丈夫だから、何かあったら声かけてよね」


「サンキュー」


 俺は礼を言って、再び遠くで孤立している百腕の元へと歩み寄る。

 見た目は悍ましく気味が悪いのだが、如何せん決定打に欠ける。掴みかかってくるものの力が強いわけでもなく瞬発力もない。

 超回復が有る為、いくら斬ってもすぐに再生するので技の練習に付き合ってもらうことにした。

 俺だって何も得られないようじゃこの先、生き残れる保証なんてないのだしこの機会は見逃す手はないと一人思ったのだった。



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