第61話「灼熱の獣腕」
雨は一向に降り続いている。止むどころか勢いを増すかのようにも思える。
このまま雨が強くなるようならば雨宿りどころではない。
枝葉の間を流れる滴も次第に流れる量が倍増し、雨宿りの意味をなさなくなってくる以上このままここに留まっている理由はない。
「スペラ。いつになったら止むかわかるか?」
「ミャーは天気の事は詳しくないからよくわからないけど、流れる雲と遠くの真っ黒な雨雲を見た限りでは止むまで待ってたら今日はもう動けないにゃ」
「アマトが行くっていうなら、行けるよ。準備は出来てるから」
ユイナは俺が何をしようとしているかを、理解したうえで俺の答えを促す。
「よし、本格的に降り出す前に行こう」
二人は俺の意図を汲んでくれている。
ならば、迷うことはない。
「「了解」」
そうと決まれば、鞄を背負い直し北に向けて早足で駆けだす。
二人は示し合せたかのように俺の後に等間隔で追随する。
小雨とはいえ視界が悪くなり、見渡せる範囲も距離も格段に狭くなってしまう。雨が降ったからと言ってモンスターが減るわけでもない為、警戒は常に怠らない。
柔らかくなった地面に不意に足を取られそうになったその時。
後ろを走るスペラの細い足を地中から伸びた獣の腕のようなものが、掴んで地中へと引きずり込もうとする。
「にゃにゃにゃ!! 離すにゃ!」
複数の腕がなおも容赦なくスペラの腕や足に掴みかかる。
まるでゾンビ映画の墓場から這い出てくるアンデットのごとく不気味な光景に、嫌気がさす。
昼間だというのに雨雲のせいで陽射しは遮られ、辺りにはちらほらと人やら獣やらの腕が蔓延っている。
「離せ化物!!」
俺はガルファールを引き抜くとまとわりつく腕を次々と切り離していく。
ユイナは抵抗が弱まった隙をついてスペラを救出することに成功した。
「大丈夫、スペラ!! 怪我があればすぐ治してあげるから見せて」
「びっくりしたけど、大丈夫にゃ、けがはないけど、掴まれて手の跡が付いていて気持ち悪いにゃ……」
ユイナが掴まれた手形を治癒魔法で治す。
どうやら、傷になっていなくとも魔法によって回復が可能なようだ。
俺はスペラが無事なのを確認して安堵するが、目の前のこいつは確実に倒しておかないと判断し刀を振りかぶる。
複数の腕を切り落としたが、なおもうねうねと蠢いている。腕が地表を無作為に這いずり回る様は不気味の一言に尽きるが言ってられない。
『
百の腕でムカデと読むらしい……。
そおそも、足がなく生えている腕は人間、獣、虫と様々。
どれも本体の塊を中心にして生えているがどれも、奇抜。
死体を吸収してこの形になったのではないかと思えるのは、腕から死臭をただよわせている為だ。
それにしても腐敗は進んでいないように見えるのは、一度取り込んでしまえばこのモンスターの一部として生ける屍となるからであろう。
「気持ち悪いな、全く」
「私も、あんまり見たくないかも……」
「俺もできる事なら関わりたくはないけど、放っておいていい類のモンスターじゃないよ。絶対……」
俺は幾度となく切り裂くのだが、再生が止まらないことに苛立ってくる。
核を壊さないかぎり倒せないようだが、刀を振りかざす瞬間には既に別の場所へと移動してしまい狙いが定まらない。
雨が降りしきる中での炎の魔法は効果が薄れるのは、既に焼け払われた草原を見れば明らか。
相殺されてしまえば燃焼効率が格段に下がり、魔力ばかり無駄に消費することになってしますのでユイナに範囲魔法で破棄はらってもらうわけにもいかない。
スペラの雷を今使われると味方をも巻き込むためこれも適していない。それをわかっているからこそ一切電気を発することなく敵に捕まってしまったのだ。
俺達がいなければ全身から一気に放出した稲妻で焼き払う事も容易だったはずだ。
チーム戦というのはいいことばかりではない。必ずしも有利にことが進むとも限らないからこそ、対策を講じるわけだ。
辺りには腕の塊が三つ確認できた。危険察知でもその数は変わらない。
移動する様子もなくまるで蟻地獄のようにその場で獲物が来るのを待っているかのようだ。
それならば、一匹ずつ片付けていけばいい。
問題は超再生と移動する核。
考え事をしている最中も腕を切り落とすことをやめずに、無造作に刀を振り続ける。
(なるほどな。核は必ず切り落とされた方ではなく、残っている部位の多い方に移動するわけか……)
どちらに移動したとしても再生を繰り返すのならば結局は同じ。
しかし、一瞬でも核の逃げ場のないところには移動はしないことが分かった。
それはつまり、どれだけ細かく切り刻んでも常に移動して攻撃を回避する保険をかけているという事。
「いいこと思いついたのにゃ……ユーニャ、マナをお願いにゃ」
スペラは右手首の先だけを獣へと変異させると、ユイナから炎のマナを受け取ると腕に纏う。
見る見るうちに右腕は炎に包まれるが、炎を直接腕に纏ったりすれば火傷などではすまない。
下手をすれば腕そのものが焼失することだってあり得る。まして精霊魔法とはそれだけ強力であり、突然の思い付きでどうこう出来るものではない。
しかし、右腕はなおもその原型を留めている。よく見れば腕の周りを雷を纏うことで直接炎が腕にまとわりつくことを防いでいるようだ。
それはすなわち膨大な魔力による雷のコーティング。その上層部に熱分解による炎の溶解壁による二重のプロテクト。
護りとしてはもうしぶないが、これを獣と化した強靭な腕と爪が攻撃に特化した兵器へと変える。
猫耳少女は腕の塊に向かってまるで水中に腕を沈めるかのようにゆっくりとゆっくりと、少しずつ沈めえていく。
表面を覆う精霊魔法で創り出した炎がマナを糧として燃え上がり、百腕の体を分解していく……。
そして、逃げ惑う核を追い詰めていく。腕を体内から引き抜くことなく徐々に徐々にモンスターを崩壊へと導きつつ……。
もう逃げ道がないところで静かに獣の腕が核を掴み引き抜く。
「
猫耳少女は本当にどうでも良さそうに言うと、百腕から引き抜いた核を握りつぶした。
否、握りつぶすことなくこの世界から消えてなくなっていた。
あくまでも、一つの動作に過ぎなかったのだ。そう、無意味な嵐に過ぎなったと自分に言い聞かせるように……。
残りの二体も同じ要領で核をつぶして回る。
最後の百腕の核を消し去るころには、辺りはスペラの発する水蒸気で霧が立ち込めていた。
腕はまるで蒸気機関車のようにモクモクと蒸気を出し続けている。
だが、このままではまずい……。
そんな気がした俺は、叫んだ。
「ユイナ!! 今すぐマナの供給を止めるんだ!!」
「わ、わかった」
ユイナは俺の焦った声を聞き慌ててマナの供給をストップし、スペラに駆け寄る。
右腕は焼けただれて無残にも、黒こげになっていた。
僅かに、マナの供給の遮断が遅れていたら腕が熱分解で焼け落ちていただろう。
「アーニャ、褒めて褒めてにゃ」
痛みよりも達成感が優っていたのだろうスペラは、顔をひきつらせてはいるものの弱音は一切吐くことはない。
「無茶しやがって!! もっと自分を大切にしろよ!!」
俺はユイナに治癒魔法をかけられているスペラの頭をコツンと殴った。
「痛いにゃー」
「そうだろ、痛いだろ? 俺だっていてーんだよ。仲間がそんな腕をしてるのを見る方が痛いんだよ。わかれよ!! 俺の心を理解れ!!」
「ごめんなさいにゃ……にゃーーーー」
雨が降っていてもわかるほど大泣きする猫耳少女を俺は抱きしめた。
ユナのおかげで跡も残らないほど腕は綺麗になっていた。
それが本当にうれしかった。
何よりもうれしかったんだ。
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