第60話「異世界に降る雨」

 俺達パーティーが通った道が悉く荒野へと変貌していく。

 しかし不思議と環境破壊だとは思わなかった。

 焼畑農業という農法を知っていたからだろう。

 

 実際は、農地でもなければ人の管理下でもない為まったくのこじ付けでやりすぎれば砂漠化を引き起こすことにもなりかねない。

 それでもモンスターが蔓延るくらいなら幾分かましだと思うのだから仕方がない。


「俺達が通ってきたところがまるでローラーで引いて来たかのように、焼けたコンクリートの道みたいになってるな」


「これでも、少しは慣れてきたから最初に比べたらだいぶましになってきたんだからね……。発動地点の座標指定もできるようになったし」


「これで、巻き込まれそうになることも今よりははず減るにゃ……」


 スペラは焦げた尻尾をさすっていると、ユイナが治癒の魔法で焦げてしまった尻尾をすかさず治す。


「ごめんね。やっぱり気を緩めるとちょっと手元が狂ったりしちゃうんだよね」


 てへっと舌を出して可愛く振る舞っているが、思いのほかこの魔法は強力で瞬間火力こそないものの嵌ってしまえば範囲魔法としては右に出ることのない程えげつない。


「味方の魔法に巻き込まれるのだけは避けないといけないな。俺達も魔法の耐性や火に対する耐性を身に着けることで気にせずぶち込めるようになるとはいえ、関係ない人間を巻き込む可能性をゼロにするためにもコントロールはしてもらわないとな」


「そうだね。確かにパーティーに対して気兼ねせずに魔法が使えれば楽だけど、万が一の為にも完全に制御する技術は必要だよね」


「ユーニャなら、すぐにできるようになるにゃ」


「ありがとう、スペラ」


「魔力は持つのか? もうかれこれ15、6発は使ってるだろ。温存しておかないといけないんじゃないかと思うんだけど」


「まだまだ大丈夫かな。不思議と魔力の貯蔵量が増えた気がするんだよね……それは確か。それに大気のマナを集めて同じことができることもわかったし、まだもう少し頑張ってみようと思うけどどうかな?」


「なるほどねー。ハイブリッドってわけか……。魔力を使いきることは避けないといけないのはわかってるとは思うけど、ぎりぎりっていうのも良くない。その辺は任せるから休憩しながらのんびり行くとしようか。それまでは後始末頼む」


「了解」


 さっそく木陰で休憩をとることにして、疲れた身体と心の休息に努めた。

 

「雨が降り出しそうにゃ」


 スペラは耳の裏をさわりながら言う。その仕草はまさに猫のようだが、虎も同じなのだろかそもそも獣人は猫でも虎でもなく人に近い気もするし疑問は絶えない。


「雨か……。そう言えばこの世界に来てから一度も振っていなかったなぁ」


 10分程経つとポツポツと雨が降り出し、焼けた土地は急速に冷えたことで霧が発生した。

 正確には朝方の冷えた地面ではなく熱せられた地面が雨を即時蒸発させたことによる靄なのだが、それはさして重要なことではない。

 問題は雨に多少当てられたからと言って効力はすぐに無くならないという事。


 雨粒すら即時熱分解し、水蒸気に変えていく光景は悍ましい。

 魔法と一言で言っても恐らく上級以上だと思われる。

 そして一度術者の手を離れてしまえばそれは魔物のように、自由気ままにふるまってしまう。


 例外的に完全な制御化にあれば一度手を離れてしまたったとしても、自由に操れるというのだから今のうちに掌握してもらわないといけない。


「結構強く振ってるね。たまたま雨宿りできるところにいてよかったよ」


 ユイナは微かに木の葉の間からこぼれた雨のしずくを浴びて、妖艶な雰囲気を醸し出しながら言った。

 このシチュエーションなら雨に濡れた服が透けてしまうようなこともあったりするところだが、ユイナの纏う特殊なドレスは元々生地が薄く体の線をはっきりと浮き上がらせているだけで、透けて肌や下着が見えてしまうことはなかった。

 

 体も線がはっきりとわかる時点で十分にエロい。しかも横になれば下着の線まではっきりと浮き彫りになるのだからそれ以上を求めるなど贅沢というものだろう。


「びしょぬれになるところだったにゃ。この分だとまだ止むのに時間がかかりそうにゃ」


 スペラは元々下着のような服なのが雨にぬれるとまるで水着のように思える。

 何故なら、下着とは違い水をはじく特殊な素材だからである。

 普通の服の生地ならばとふと想像してしまった。

 それはいろいろと不味い光景が脳裏をかすめる。


「また、変なこと想像したでしょ。それも私ならともかくスペラのことも凝視してたし、ストライクゾーン広すぎ」


 スペラの名前を出すユイナは怒りのボルテージが高めのようで、獲物を狩る獣の目をしている。

 

「気のせいじゃないかな……。みんな疲れてるんだよ。だからそんな妄想みたいなことを思ったりなんか……」


「妄想って何? 私、間違った事言ってる?」


「言ってません。ごめんなさい」


「ユーニャは相変わらず、アーニャの事になると怖いにゃ……」


「スペラを変な目で見るのは駄目だからね」


 ユイナの物言いは意味深と言わざる負えない。

 それならユイナならいいのだろうかなどといえるはずもなく押し黙っていた。

 いつも俺の心が読まれているかのような言動も相まって、好意と恐怖が均衡してしまっていた。


「お、おう……見ないようにするからそんな目で見ないで」 


「しょうがないんだからもう」


 頬を膨らませるユイナとがくがく震えるスペラ。

 雨は降りだして間もなく、雨と草木の入り混じった香りが辺りに漂っている。

 その香しい香りを感じながら、一時の安らぎを得る。三人そろって一本の大木を背にし雨風を凌ぐのは趣があって日本人の忘れていたわびさびだと思った。


 遠目に角の生えた兎のモンスターと小型の鳥のモンスターが戦闘を繰り広げているのが見える。

 その付近にも狼のモンスターと樹木に足の生えたモンスターが争っている。

 モンスターが皆仲間というわけではないのだろう。互いに命がけの死闘を繰り広げ、負けたほうは捕食される。


 モンスター同士でつぶしあいをしていてもらえると助かると思う一方、捕食者は確実に強くなり生き残った一匹は最早別のモンスターになってしまう事も目にしてきた。

 師匠も経緯はどうあれ、最強の一角を担う存在へと昇華している。

 つまり、モンスターの強くなるのを防ぐためにも人間が討伐することにこそ意味があるのだ。


 弱肉強食とはよく言ったもので、強い者は強くなり続けるのは今に始まったことではない。

 元の世界においても優れたものの成長は天井知らずなどといわれている。

 それでも、何もない俺達が強くなるのを諦める理由にはならない。無いなら無いなりのやり方を見つけて強くなるしかない……。

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