第32話「聖刻創生の七星騎士団~無限創造のラーティカ」
あいつらの志を意思を無駄にはしたくない。
俺も一度は自分の命を捨てても守りたいものがあると思ったが踏みとどまった。
敵の群れに飛び込んだ奴らは選ぶことさえ許されないところまで追いつめられていた。
託されたからには全うせざる負えない。
もちろん放棄することだってできる。
選べる選択肢がまだ俺にはある。
次に俺の取った行動は実直なものだった。
「町長さん、立てるか? おい、しっかりしろ! 呆けている場合じゃないんだよ!! あんたのせいで人が死んでるんだ、あんたはあいつらの為にも死なせるわけにはいかないんだよ!!」
放心状態の町長の肩を揺らして、諭すがぶつぶつと呟くだけで心ここにあらずと言った風だ。
「こんなはずでは……私は何をしているんだ……何を……」
「しっかりしろ!! 前を見ろよ! 目の前で何が起こってるかもわからないのかよ……」
心ここにあらずとはよく言ったものだ。まるで屍のようだ。
これでは荷物以外の何物でもない。
守りながらなんてとてもじゃないが満足に戦えない。
(あいつは守り抜いたんだよな……片腕をなくしてでもこいつを……)
「ライオット、ダタラ!! 撤退する。こっちに来てくれ」
辺りを引っ掻き回していた二人を呼び戻す。
こいつらだって疲弊しきっている、それでも人数は多いに越したことはない。
「町長を救い出せたんですね。他のみんなは……そうですか」
俺の表情を読み取ったのか詳しくは追及されることはなかった。
仲間の生死に触れて悲しみに顔をしかめるライオットを見ているのはつらかった。
そんな空気を換えようとしたのは意外にもダタラだった。
「町長は俺が担いでいく。あんたは戦うんだろ? 任せておけ、これくらいでしか役に立てないからな」
ダタラは放心状態の町長を担ぐと何かが町長の鞄から落ちる。
それは、宝石箱のようだ。
先程聞いた話がきになり、宝石箱の蓋を開ける。
「なんだよこれ……」
禍々しい瘴気を帯びたような何かの塊。これは石なのか問われると肯定は出来ない。
手のひら大の塊の中に無数の蟲が蠢くように見え、奇怪な文字が浮かび上がっている。
耳を澄ませば何やら念仏のような声まで聞こえてくる。
『我を殺せ我を殺せ我を殺せ我を殺せ我を殺せ』
殺せと訴えかけるそれは耳に響かず魂に訴えかけるように語りかけてくる。
耳をふさいだところで全く意味をなさない呪怨は、地獄に蠢く亡者の嘆きのように重なる。
急に意識の根底から薄気味悪い何かが湧き出てくる感覚に襲われる。
(俺は負けるわけにはいかない)
『呪無効取得』
さっきまでの悍ましい気配が俺の中からすっかり消失していた。
危なかった。だが、寒気と共に周囲を見渡すと案の定危惧していたことが起きていた。
嘆きを聞いたダタラの様子が突如豹変したのだ。
恐怖におびえたかのように膝をついて動けなくなっている。
ライオットも声を聞いてから、徐々に震えだす。
「おい、これをどうやって手に入れた!! 早く答えろ!!」
俺は二人の急な変化を目の当たりにして、介抱するでもなく真っ先に町長へ掴みかかっていた。
その発生源を絶たなければ救い出せない。
発生源をつぶす前に可能な限り情報を取らなければ取り返しがつかなくなる。
「子供、老人、国王、母、息子……に見えた。今思えば誰だったのかわからない……わからない。誰に渡されたのか、手に入れた方法……わからない」
どこかで聞いたことがある情報だ。
屋敷を襲った連中の言い分に合致する。
他生の齟齬など目を瞑っても構わないだろう、似たような事案がこうもはびこっていたのでは模倣犯だという線も捨てきれないが、模倣するならばソースがあるってことだ。
キーワードが何かしらあればそこから探ればいいか。
専門家に見せておきたかったが致し方がない。
「これを破壊すれば……可能な限り調べてからにしたかったが命には代えられない。砕けて無くなれよ!!」
ありったけの力を込めたガルファールの振り下ろしによって、叩き割られる謎の塊。
ばらばらになるとすぐに気化して消えてなくなる。
まるで証拠を残さないように。
「私は、なぜあのような物をカイル殿へ……」
町長は正気を取り戻したらしい。
「はぁはぁ、助かったぜ。あのままだったら死んでたな」
ダタラは再び町長を担ぎ上げようとしたが、町長は「もう大丈夫。ありがとう」と自分の足で立ち上がる。
「あれは……呪いか……?」
ライオットは呪いといった。
また厄介ごとに首を突っ込んだと思うのと、師匠の下へとたどり着くまでに対処できるのであれば御の字だとも思った。
「呪術の施された石なのか、この塊そのものが呪いなのかはわからないがこれは呪いだ。呪詛の刻まれた石を町に持ち込もうとして捕まった盗賊が似たようなものを持っていた。去年の事だから覚えている。間違いない」
呪いと天冥の軍勢、裏で糸を引く輩が繋がるのかは現状わかりかねる。
まずは生き残ることに集中しなくてはいけない。
「話を聞きたいのはやまやまだが、敵は待ってはくれないようだ。石を破壊したのにこちらを追いかけてくるようだしな」
もともと石があいつらの本体でもなければ関連性が見えないんだ。
一緒に消える道理はないよな。
「あれが原因じゃなかったのかよ!!」
ダタラが悲痛な叫びをあげるが、言いたいことはわかる。
俺だってあれさえどうにかすれば、漫画みたいにこいつらが突然霧散するようなイメージがあったからだ。
だが、それどころかあいつらの行動が単調な物から洗練されたものへと変わる。
「いいから、俺についてこい!!」
3人を連れてユイナとスペラの元へ急ぐ。
俺の動きを逐一把握していたユイナはタイミングを見計らっていたようだ。
思った通り、ユイナたちは防戦一方になっていたが俺の合図で速やかに行動する流れは作っていた。
「町長は救出した!! 撤退する!!」
ユイナとスペラは魔法各自特異な魔法で守りを固めながら、俺の元へ走ってくる。
陸上選手顔負けのスピードに俺は内心関心しつつも、後方に目を細める。
この距離感。
空間把握能力は前にもまして真価を発揮しているようだ。
「まずいな。このままじゃ数に蹂躙されるのは目に見えてる。小回りを活かしつつ西に向かって移動、そのまま山に逃げ込めば数に物を言わせた行軍なら巻けるかもしれない」
障害物を利用すれば一度に撃破できる数も増すだろう。
入り組んだ地形なら、なおさら一度に相手にする数も減って幾分かましになると踏んでいた。
「結構遠いけど、大丈夫かなぁ。穴も開いたままになってるし」
ユイナのいう事が実は一番の問題だ。
宙に開いた亀裂は未だに開いたままになっている。
石の破壊によってなのか、増援が止んだのは幸いだが油断できる状態ではない。
「ローマル山にはモンスターがいるにゃ。挟み撃ちにあうかもしれないにゃ」
「想定はしているが、ここであれに巻き込まれるよりはまだましかと思ったが、やばいのか?」
「ドラゴンがいるにゃ……」
「行くも地獄引くも地獄か……。標高2000m級の山なら突っ切ることも最悪行けると思ったが、ここにきてドラゴンとなんてやりあう余裕はないぞ」
どれほどの物かわからないがドラゴンが弱いと高を括るには些か早計である。
「アマト。魔法もこれ以上はつらいかな……。でも山ならマナを集めることができるかもしれないからここよりはまだましかもしれないよ」
「それより、アーニャこいつら誰にゃ?」
「憲兵のライオットと傭兵のダタラ。そういや、こいつらに名乗ってなかったな。俺はアマト・テンマだ。さっき話したハーフエルフのユイナと白虎人のスペラだ。とりあえずよろしくな」
今更だが自己紹介を軽く済ませたのだった。
以前、逃亡を続ける俺達に迫りくる天冥の軍勢。
距離は50m程を常にキープしている。
あまりゆっくりしているとあっという間に追い付かれるほど奴らは速い。
遠方1km程先にモンスターがちらほらと集っているのが見える。
まずい、元々いたモンスターが一帯から姿を消したと言ってもこの世から消え失せたわけではない。
予想できたはずだ、しかし目の前にいないものを想定して行動するのは如何せん難しいものだ。
このまま、では山にたどり着く前に挟撃される。
何を選べばいいんだ。
(んっ!? 正面から何かがこちらに向かってくる。モンスターではないよな……人)
正面のモンスターの群れが一掃された。
それも一瞬のうちに。
モンスターは200体にも満たなかったがそれでも跡形もなく粉々に消え去った。
「ここで出会ったのも何かの縁です。助太刀いたします」
金髪黄眼の女性が俺達とすれ違い際に呟いた。
「あんたは何者なんだ!?」
俺はただ者じゃないと直感で感じ取った。
「私は、聖刻創生の七星騎士団が十三席無限創造のラーティカ事、ラーティカ・ハイペリヲン。あなた達はこのまま走ってください」
渡りに船と言わんばかりにその言葉を信じるには十分すぎる光景を目の当たりにした。
ここは任せるのが最善だと思った。
敵ならば今、このタイミングで出てくる必要はなかった。
黙っていても俺達は挟撃にあい、運よく助かったところでぼろぼろになっていたのだから。
しかし、どうしても偶然として片づけることは出来ない。
結果的に窮地を脱することに成功したとしても……。
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