第33話「全ては儚き理想郷……『三京大京世界』」

 振り返れば、そこには異様な光景が広がっていた。

 否、俺達は異質な空間に迷い込んだようだ。

 夕暮れ時のような砂漠地帯に姿を変えた草原に俺達はいた。


 辺りには数えきれるはずもない程無限の刀剣が、存在していた。

 宙に浮き、地に刺さり、敵を貫き、巡回し、徘徊する武器達。

 それはまるで生きているかのように、縦横無尽でいて無機質。

 

 俺達は目の前にあった、あらゆる武器を前に立ちすくんでいた。

 辺りを埋め尽くす武器を避けることなどできはしないのだから動きは制限されてしまう。

 地平線まで続く砂漠いっぱいに刃物で覆われていて、一歩も動くことなどできないはずだ。


 身動きをするという事は自ら刃物の切っ先へ飛び込み切り裂かれに行くようなもの。

 これは幻覚なのだろうか。


 しかし、後方の天冥の軍勢は皆一様に刃物の餌食となっている。

 地面から空中からあらゆる方向から止むことのない刃物の嵐。

 幻覚などではない。


 圧倒的な物量で殲滅してのけるのであれば、そこに技術は必要ない。

 空中からその光景をただ見つめる一柱の神のような存在。

 この世界を作り出したのは、紛れもなく眼前に天使のように空に舞う絶世の美女。

 

 特徴的なのは金色の髪ではなくその長さだろう。

 身長が俺と同じぐらいで、地面につくほどの長さだが実際はそのボリュームだ。

 なんと、二度折り返して髪を結っているのだ。

 

 単純に身長の三倍以上の長髪は龍の姿を思わせる美しさがあり神々しさをも演出する。

 光り輝く瞳は黄金と表現するのが最も適し、容姿は人間のそれではないとさえ思う。

 美しい人へ人間ではないという表現は失礼だと思うが、人がたどり着く終着点をはるかに超えた美貌に持ち合わせた感性では到底表現しきれないのだ。 


 それでいてスタイルがいいなど、チープな表現を使うのが憚られる。

 全てが完成された身体は人として、女性として全ての頂点にして無限の終着点。

 生けとし生けるもの全ての持っていない物と持っている者を収束したしか言えないがそこにはあった。

 

 美貌を包むのは黄金に光り輝くガラスのような無色透明な鎧。

 鎧の内側には純白な薄手のドレスを身に纏っている。

 薄いドレスから薄らと色白の肌が見え隠れする。


 存在そのものがまさに崇拝の対象のようだと感じた。

 これがカリスマ性というものなのだろう。

 人を惹きつける為にはもはや、この人の存在を置いて他にはないとさえ思ってしまう。


「全ては儚き理想郷……『三京大京世界』」


 ラーティカが口にしたのは恐らく技の名前だろう。

 琴線に触れたかのような微かな空気の振動が心地よく、響き渡る。


 三千大千世界というのは俺の記憶が正しければ仏教においての宇宙の事だ。

 千の世界が3乗個存在する世界はまさに星の数ほど物事があることを意味する。

 そして、京というのは兆の次の単位即ち10の7乗を意味する。

 

 それが、3乗など言うのだから最早三千世界が銀河なら三景世界は宇宙そのものだろう。

 スケールが違い過ぎる。

 その世界に具現化された刀剣は、一瞬で天冥の1000を超える軍勢を粉みじんにしてしまった。

 

 それでも、避けた亀裂は刀剣の攻撃にはさして意味をなさない。

 次の瞬間物との草原地帯に戻っていた。

 体感で5秒と経っていなかったいなかっただろう。


 辺りは静かな草原、宙に開いた亀裂もなく、瘴気の霧もすっかりなくなっていた。


「天冥の軍勢はどこへ行ったんだ? 亀裂はどこへ……塞いだのか!?」


「私の創り出した固有空間に送り込みました。亀裂もまとめてです。私は塞ぎ方を知りませんので」


「助けてもらった礼を言う。ありがとう……おかげで助かった」


「いえお礼を言われるようなことはしていませんよ。たまたま行く手を塞いでいたものを排除したに過ぎません。私は先を急ぎますのでこれにて失礼します。何分末席なものでして、自分の功績は足で稼がなくてはいけないんです。いずれまた会うこともあるでしょう。ではアマトさん、失礼します」


「ああ、引き留めてすみません。では、また」


 一歩二歩とステップを踏み込むだけでもう数百メートル先へと跳躍していく、ラーティカを見送った。

 そこで、ふとなぜ俺の名前を知っていたのか気になった。

 俺達は誰も名乗っていなかった。

 そして、まだこの世界に来て三日目の俺の情報が漏れるほどの事態など何も起きていないはず。 


 それを今知るすべはない。

 敵なのか味方なのかははっきりしないが、今回は助けられた。

 それに友好的なようにも感じたがどうにも腑に落ちない。


 明確に味方と判断できないうえに圧倒的な戦力。

 師匠と同等なのかそれ以上かあまりにも次元が違い過ぎて計り知れない。

 次に会う時、必ずしも味方とは限らない。


 どれだけ外見や性格が良くても常識をはるかに超えてしまっていては、恐怖の対象になるというのが今ならばよくわかる。

 あれで末席というのだから上には上がいるのだろう。

 

 『聖刻創生の七星騎士団』とはどんな組織なのだろうか。

 宗教のようなものであれば町に支部や教会があるかもしれない。

 調べておいた方がよさそうだ。


「どうやら、助かったみたいだな。町長さん、スペリヲル領へは行く必要がなくなったのなら、俺達が護衛するのでタミエークへ戻らないか」


「よろしいのですか」


「放っておくわけにもいかないし、俺達は元々町に向かってたんだ。そのついでだと思えば何も問題ないだろ」


「ありがとうございます。お礼はいたしますのでどうかよろしくお願いします」


「俺も同行させてもらいたい。生き残った憲兵は結局俺だけになってしまった。その報告もしなければならないのでどうか頼む」


「俺も護衛の契約はまだ有効だぜ。戻るってなら、そこが目的地だ」


「そうと決まればすぐに町に行こう。先頭は俺達に任せろ」


 道筋を心得ているスペラが先頭を歩き、俺は西側即ちスペラの左後ろから隊の全体を把握するように付き、ユイナは東側即ちスペラの右後方に付き敵の発見に対処するように隊列を組んだ。


「俺達に殿は任せてもらおう」

 

 ライオットとダタラが二人そろって町長の後方に陣取る。

 短い間に二人は意気投合した様子だ。

 端からみればお堅い、軍人とチンピラのようにも見えなくもないが窮地に陥った者同士で絆が生まれたのだろう。 


 目的は町長の護衛をしながらのタミエークにたどり着き事。

 絶対条件に一人も脱落者を出さないことと考えている。

 当たり前のようで簡単ではないというのは、よくわかっているが諦めたくはない。


「スペラ、あとどのくらいで町に着けそう?」


「今まで歩いた道の半分ってところかにゃ。日が暮れるまでにつける距離だにゃ」


「というと2時間ってところか……。思わぬ戦闘のせいでみんな疲れてるから休みを取りたいが、モンスターの警戒をしている方が疲れるよな。このままノンストップで行く」


「私は平気だけど、町長さんたち大丈夫かなぁ」


 ユイナは体力はそこそこついたのか、忍耐強いのか俺の意向をくんでくれる。

 スペラはもともと体力面では随一で心配無用といった具合だ。


 後ろの連中はぐったりしているが何とかついてきている。

 これは偏に俺のパーティに入っているかどうかが影響している。

 パーティに加入した者はステータスが跳ね上がるという恩恵がある。


 この恩恵によって、俺達と一般人とで能力に格差が開くのを実感したのだ。

 それでも、もともと化物じみた能力を持つ物たちの前では団栗の背比べをしているようにも見えるのだが、致し方がない。


「私の事は心配無用です。今の今まで馬車で移動していたのであまり体は疲れたいないんです。町までならなんとかなります。お気づかいに感謝いたします」


「俺達も、正直一刻も早くベッドに横になりたいんだ。なんとかついて行く、俺達をあんまり惨めにさせないでくれよ」

 

 ダタラは息巻いて見せる。

 ライオットは首を縦に振るだけで、一心不乱に歩いている。


「無理はするなよ。駄目なら早めに言ってくれ。倒れられる方が面倒なんだ」


「心配性だな。旦那はよ」


 この調子ならなんとか町まではたどり着けるだろう。

 俺は飛び掛かってくるヴォーウルフを斬り飛ばしながら思ったのだった。

 力量がさほど変わらないかと思うと切なくなる。

 

 俺達六人はこうして死地を潜り抜け、歩みを止めることなく進む。

 町が前代未聞の恐怖の渦に包まれているとも知らず……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る