第31話「天冥の軍勢~邂逅」


 血と腐敗する肉の異臭が漂い臭気が蔓延する戦場は、常軌を逸していた。

 草木は赤黒く変色し、黒く着色された水蒸気が足元を這うように行き来する。

 そこは草原地帯でも、戦場でもなくまさに地獄そのものとしか思えなかった。

 

 今までのモンスターとは何かが違う。

 全身を鎧に身を包んだ人型の魔物は、一件フルプレートを纏った人間にも見えるが地面に転がる生首からは人間とは程遠い形相が覗いていた。


 ゴブリン、オーク、鬼などではなく人間をバイオハザードで変質させたような感じだろうか。

 腐敗した人間がゾンビなら、腐敗させず変質させたのがこいつらだ。

 こいつらの顔はとにかくに変質していたのだ。

 

『ヒュートラル レベル19~36』 備考:天冥 ランクF


「こいつらがジルが言っていた天冥の軍勢……俺達が倒す者達」


「仲間を集めてから戦うはずだったのに、こんなに早く見つけるなんて……」


「初めて見たにゃ。なんかやばいにゃ……」


「ここまで来たら行くしかない。あいつらは見た感じだと、人間とさして変わらない動きで剣と盾を使って戦うスタイルみたいだ。情報は共有されたくないから各個撃破していく」 


 しかし、こちらに遠距離攻撃ができる者はいない。

 全員近距離型という戦場においては、有利に立ち回れないポジション。

 あの入り口をどうにかしたいが、そこからどんどん出てくるので近づくことは出来ない。


 俺達の目的は全滅させることでも、入り口をふさぐことでも、ボスを倒すことでもない。

 生き残りの救出だ。


「スペラは攪乱。ユイナは魔法でスペラを援護。俺は本陣に向かう」


「了解」「わかったにゃ」


 正直、二手に分かれたのは怖かった。

 一人が怖い。二人から目を離すのが怖い。

 だからといって、数の理が敵に有る状態で一人も三人も左程変わるものではない。 


 気にしていられない。

 ただ、走る。足に漂う不快な煙が何かなど気にしている余裕もない。

 50体以上に囲まれる兵士が4人。

 

 眼前で一人が首を飛ばして天を仰いだ。


「見たくなかった……間に合わなかった」


 吐き気が猛烈に襲いくるが、こらえる。

 一瞬の隙で今度は自分自身が目の前で転がる骸になるのだから。


 敵がこう多いと、烈風瞬刃波で一掃したいがマナが薄くて精霊術が使えない、ユイナも近くにはいないのでどちらにしろ供給も絶たれている。   

 

「試してみるか」


 踏み込む足に全体重をかけ、敵集団に飛び込み勢いを殺すことなくエネルギーをガルファールに乗せる。

 360度回転する身体から水平に放たれる斬撃が最初の5体を真っ二つに切り裂いたが、それ以降の敵20体余りは斬り伏すことができずに減退するスピードに吹き飛ばすのみにとどまった。  

 範囲内を切り裂く技は『エリアスラッシュ』としておく。


 それでも、僅かに時間は作れた。


「早く!! こっちへ」


 俺は自ら切り開いたわずかな道筋に、3人を救い出そうと手を伸ばす。

 2人は何とか敵の集団からは引き離すことができた。

 しかし、1人は瞬く間に集団に蹂躙されていく。


「あ、ありがとう。まだ仲間がいるんだ」


「ありがてえ。もう、助からないと……」


 鎧に身を包んだ男と、軽装に身を包んだ男は疲弊しきっていたがなんとか救い出せた。

 奴らはというと追ってこない。

 進軍する先は未だにぎりぎりで持ちこたえている兵士。 

 

 (冷静になれ。なぜ、俺達は追撃を免れた?)

 

「すぐに助けに行きたいが、俺一人ではどうにもできない。なんで襲われていたのか説明してくれ」


 身なりのよさそうな鎧を身に纏った男の方へまずは問うことにした。

 歳も恐らく俺よりいくつか上位で話しやすかったからだ。


「俺はライオットという野戦憲兵だ。この一帯の治安維持が目的で、俺を含む32人でキャンプしていたんだ……。特にモンスターも少なかったんだが、数刻前から辺りのモンスターが慌ただしくなったかと思えば一目散に山の方へ皆逃げてしまったんだ。そこからだ、タミエークの方から護衛のついた馬車がやってきたのは……。そこからは悪夢だった」


 みるみる血の気の引いていくライオット。


「大丈夫か」


 俺は背中を軽く叩いてやる。


「ありがとう……大丈夫だ。それから俺達は馬車に近づいて行ったんだ、恐らくお偉いさんが乗っているのだと思ってな。場合によっては身分の確認から、護衛することなどいくつか決まりがあるんだ。馬車に乗っていたのはタミエークの町長だった。彼は南のスペリヲル領へ領主カイル殿との謁見の為に向かうのだと言っていた。俺が個人的に理由を聞いたら渡す物があるのだと言っていたな」


 もう、話すのがつらいのか、何かに怯えるように次第に震えだす。

 

「特に引き留めていく理由にはないと判断して、見送ろうとしたんだ。それからすぐに馬車の進行方向に亀裂が開いて、化物が次から次に出てきて俺達は馬車を守るために戦ったんだがこんなことに……」


「そっちのあんたはどうなんだ?」


 すぐに裏を取る。

 兵士は最初に仲間の心配をしたから信用にたると思った。

 無論、最初から両方に聞くつもりであったが、一度に聞くよりもその裏付けをした方が時間の短縮になるからだ。


「俺はグタラっていう町長に雇われた傭兵だ。あの兵士さんが言ってる通りだ。俺達はこんなことになるなんてこれっぽちも思わなかったんだ。そう言えば渡す物って言ってたよな。なんか得体のしれない石みたいなやつだ。あんな気色悪い物渡すなんて、趣味が悪いぜ」


 ライオットは町長が来るまでは何事もなかった。

 ダタラは得体のしれない石を見た。

 俺達に必要以上に襲ってこないヒュートラル。

 

 導き出す答えは一つだな。

 

「あんたたち、協力してもらうぜ」


 俺は町長と護衛している兵士と傭兵を引き離すように指示を出した。

 ただやみくもに動いていたのではここを突破できない。

 ユイナとスペラの二人は恐らく、攻撃対象から外れる。

 

 本当に正しいのか気になる、しかし迷っている暇はない。

 エリアスラッシュを放ちつつ、有象無象を手当たり次第切り伏せていく。

 敵は一点を目指しつつも、俺の接近に合わせて剣を振るってくる。


 単調な動きとは裏腹に、振り下ろされる一振り一振りに重みがあり受け続けると腕に負担がかかって疲れと痛みが伴う。 

 一騎当千とはいかないことに苛立つ。


「このっ! 次から次に湧き出てきやがって、さっさと消えろよ!!」


 もう100体近く切り伏せたというのに、減ったという感覚はまるでしない。

 人間側はまた一人また一人と倒れていく。

 ライオットとダタラは地に転がっている、剣や盾を投擲したり弓を放つことで援護している。


 最初は逃げ出すかとも思ったがその心配は無用だった。

 傷つきながらも必死に抗っているのをみれば、心は折れずに済む。


(まだいける……)


「町長はどこにいる……」


 あまりに数が多すぎて、なかなか見つけることができない。

 これ以上時間をかければ全滅もあり得る。


「見つけた!!」


 大破した馬車と馬の骸を盾に、奮闘する一団を確認した。

 片腕を失ってなお、戦い続ける筋肉質の巨体の後ろには、整った服装の壮年の姿があった。

 恐らく彼が町長だろう。


「おいおっさん!! 聞こえるかー、町長を連れてこっちへ来い!!」


「動きたくても動けねんだよ!!」


 流石に敵の終着点になっている町長たちの周りはまるで満員電車のように、密集地帯になっている為範囲攻撃ができない。

 勢いがつけられない為に振りかぶって、勢いを利用する攻撃は一切を禁じられてしまったのだ。

 

 距離を詰められないように常に周囲の敵を切り伏せるが、切り伏せれば切り伏せただけ骸の山を築くことになり自分の移動に制限をかけられてしまう。


 なぜ、目の前の兵士たちが未だに生き残っているのかと言えば、これが要因だ。

 背中から攻撃されずに目の前には敵の死体で壁を作り、被害を抑えているからだ。


 町長を抱えてこちらへ来れば、辿り着く前の間周囲全てが攻撃範囲になってしまうのだ。

 だからと言ってこのままではじり貧だ。


「今から一瞬時間を作る。その瞬間に脱出してくれ!!」


 敵は特に声にも反応しない為堂々と話しているが、人間相手ではこうはいかない。

 

「何をするきだ? もう俺達も限界だ。博打は打てない」


「そのまま耐えていれば、誰かが助けに来てくれるとでも思っているのか!!」


「しかし……」


 兵士がまた一人倒れた。

 それが男の心を動かした。


「わかった。どうすればいい!!」


「30数えろ! 必ずだ!! 数えたら俺のところへ全員走ってこい。そのまま俺が道を切り開く!!」


「俺達の命運はお前に託した!!」


 勝手に命なんて懸けないでくれよ。

 しかし、俺は戦っている最中何度も何度も試したんだ。

 練度を上げるために常に全身に風を纏い行動してきた。

 今なら空だって飛べるような気がする。


 魔力で風を纏ったガルファールに8割程の魔力を注ぎ込む、カウントが残り5秒。


「よし、烈風爽迅乱舞!!」


 全身に纏った風で周囲の敵を弾き飛ばし、強制的に宙に浮かせたところへ風を纏った剣戟を叩き込んでいく。

 5秒間の短い間に150体を超えるモンスターを切り伏せ、活路を切り開くことに成功する。


「いまだ!! みんな行くぞ!!」


 男の号令で俺の元へ駆け寄ってくる。

 俺はすぐに180度反転し、退路を作っていく。

 中心から外に向かっては、敵の数も少なく容易に切り伏せることができた。


「よし、なんとか抜け出せた。俺の仲間が囮になって敵を引きつけている。すぐに合流して逃げ切るみんなついてこい!」 


 しかし、目標が移動いた事で、敵の集団も同じく俺達を追従する形になる。

 

「助けてもらってすまないが、俺達はもう限界だ。町長を連れて逃げてくれ」


 兵士の数も10人に満たない程しか生き残れなかった。

 それなのに、せっかく助かったのに諦めるという男たち。


「おい、諦めるのかよ。俺は……俺は」

 

「お前は一人でこれだけ腕が立つんだ。ならわかるだろ? このまま俺達がいたらお前の足を引っ張ることになる。時には捨てないといけない命だってあるんだ。それが俺達だったってことだ。俺達が足止めする!! 町長は任せたぞ」


「おい! 待て!! 待てよーーーーーーーーーーーーー」


 男たちは町長をおいて戦場へと舞い戻っていく。


「俺は……俺はーーーーーーーーー」


 目の前で刺し違えていく男たちをみて涙を流していた。

 今しがた少し会話をしたに過ぎない者だとわかっているのに、涙を流さずにはいられなかった。

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