第30話「Feldschlacht~フェルトシュラハト」

 スペラの故郷ライラ村を後にした。

 そう言えば父親の事は何も聞いてないな。

 忘れているってことはないとして、何か理由くらいはあるだろうし聞いておくなら今しかない。 


「お父さんに言わずに出てきてよかったのか?」


「ニャパは小さいころに仕事で出て行ったっきり戻ってこないにゃ。生きてるのか、死んでるのかもわかなないにゃ」


 いくつか予想はしていたが行方不明か。

 死んだと断言できない以上、父親探しも旅の目的になるな。


「お父さんの名前と仕事を教えてくれないか? もしかしたら、旅の途中で会うかもしれないからな」


「ホープ・エンサにゃ。仕事は狩人ハンターでモンスターを退治したり、捕まえたりしてたってニャマが言ってたにゃ。すっかりにゃパに会いたいって気持ちも無くなってたにゃ。アーニャのおかげミャーの目標ができたにゃ。ありがとうにゃ」


 俺に飛びつくスペラだったが、これも父親に甘えられなかったことの裏返しのようにも思う。

 これからの情報収集に組み込むとして、狩人ハンターという仕事がこの世界にはあるのか。

 元の世界にもあった職業だがこの世界には、一人で対処するにはあまりにも危険な生物が多すぎる。


 同じ職業なら知っている者もいるだろう。

 それらしい人を見つけたら、声をかけてみればいいかな。


「スペラ、タミエークまでどのくらいの距離があるの?」


「領主様の屋敷からライラ村の3倍くらいかにゃ? もっと遠いかもしれないにゃ」


「今、昼前だからこのまま何事もなければ夕方ってところか……。この辺りはまだ村から近いからモンスターもいないが、町と村の中間地点は両方からはじかれたモンスターが溜まっている可能性が高い……のか? まだこの世界の仕組みが良く分からないんだよな」


「あんまりモンスターが集まっていることはないにゃ。東の方にある森からあぶれたモンスターが流れてくるだけにゃ。この辺りはモンスターに襲われる心配はあんまりないから、盗賊が出やすいって話にゃ」


 確かに、モンスターに襲われる心配がないのは盗賊も一緒なわけだから、自然に平和な村が襲われるわけだ。しかし、憲兵の出現、自警団の活躍によって盗賊も村や町には近づけない。

 モンスターよりも人間に対して警戒をしないといけないのは、治安の悪い国に旅行に行くのと変わらない。


「盗賊か……。積極的に世直しだと言って、問答無用で斬り伏せるようなことはしたくないなぁ。だからと言ってやられっぱなしってわけにはいかない。危険だと思ったら各自迎撃するようにしてくれ」


「避けられないのね……了解」


「アーニャの言う通りにするにゃ」


 ユイナは俺と同じ世界からの転生者でしかも、この世界でも箱入り娘だった。

 やはり、抵抗はあるのだろうが生きるためには倫理だの言ってられない。

 できれば強盗だの盗賊だのを生業にしている連中に出会わないことを祈る。


 それにしても、スペラは俺のいう事を無条件に受け入れる節があっていけない。

 恋は盲目などというが必ずしも俺の行動が正しいという保証もないのに、周りが見えずに信じ切ってしまう事だけはしてほしくない。


 それは自分の自身のなさ故に責任を全て背負いたくないという思いがあるからだろう。 

 それでも、重荷が増えて行けばいつ潰れてしまうかわからない。

 

「俺だって間違えるんだ。意見があればどんどん言ってくれ。今後の方針にも関わってくるしな」


「問題ないにゃ。本当ならあの時死んでたにゃ。今があるのはアーニャとユーニャのおかげなのにゃ。二人の事は信じてるにゃ」


「スペラ。私もアマトもただの人なの。たまたま居合わせただけなのよ。あなたが望むなら村に帰ることだって、自由に暮らすことだってできるんじゃないかな」


「ミャーが邪魔なのかにゃ……。ミャーの命は二人の物にゃ」


 その一言は重かった。

 俺もユイナもこの世界の事を何も理解などしていなかったのだ。

 師匠にも責任を持てと言われていたのに何もわかっていなかった。

 

 命に対して責任を持つことなんて、まだ十代の俺には早いと心のどこか思っていた。


(いつも自問自答している気がするな。それでも、思考停止するよりはまし……かな)


「スぺ……」


 ユイナの辛そうに紡ぎ出そうとする言葉を俺は遮った。


「言うな。二人は俺が守る。それでいいじゃないか……」


 俺を見るユイナは悲しそうで悔しそうで、直視できなかった。

 守られる人間にも辛さや責任があるのだと師匠に、かばってもらったことで理解した。

 その時の俺はただもどかしかった。


 村から1時間は歩いたというのにやけに静かだ。

 村の周囲に点在していた街灯もこの辺りまでくれば、もう一つもないというのに。

 辺りは見晴らしのいい草原地帯、北西には越える事が現状では困難な山がそびえている。

 

 見渡す限りではモンスターの一匹、兎や、鳥などの野生動物も見受けられない。

 村の周辺には全くいないという事はなかった。

 近寄られれば蹴散らすつもりでいたが、こちらの人数が3人に増えたためかレベルの上昇のためか定かではないが襲ってくるものはいなかった。

 

「ユイナ、スペラ。何かおかしくないか……いくらなんでも静かすぎる。たまたまモンスターの類がいないだけだというならそれはそれで願ったり叶ったりなんだけど。村の近くの方がモンスターの数が多かったっていうのはいくらなんでもないよな」


「そうね。異様にマナが薄いのが気になっていたけど、私もここ何日かで一番少なくなっているってくらいにしか思ってなかったわ」


「この辺はよく来るにゃ。だけど、ここまで何も感じられないのは珍しいにゃ。周囲にもモンスターの気配はないし、どうなってるんだにゃ」


 違和感を感じているのは俺だけではない。

 ならば、ここは引き返すか、ルートを変える方が無難だ。

 しかし、原因の根拠が何一つない。


 あくまでも、状況判断に過ぎないのに決断してもいいのか迷う。 

 そもそも何から逃げるのかも定かではないのに、どうすればいいのか教えてほしい。


「とりあえず、今のところ俺達に不利になるようなことはないようだし、予定通り進もう」


「そうだね。危ないと思ったら、戻ればいいよね」


「わかったにゃ」


 俺達は足首程まで伸びた、草花を踏みしめてそのまま先を急ぐことにした。

 見晴らしがいいと言っても、一定の間隔で樹木が建ち並んで小規模の求まった森を形成する箇所があり、最大視野2kmと言ったところだ。


 どうしても比べてしまう。

 元の世界の本土ではなかなかこんな風景は拝めないだろうなと。


 突然スペラがその場に立ち止まり猫耳をぴくぴくさせている。

 猫の耳って意外に柔軟にうごくんだなぁなどと、明後日の方向に考えていたがどうやらそんなのんきな状況でもないらしい。


「遠くの方で音が聞こえるにゃ。嫌な臭いもわんさかするにゃ。数えきれないほどのモンスターが人間を襲っているみたいにゃ。アーニャ……どうするにゃ?」


 何かあろうことは予想していたが、どうやら最悪の事がおきてるみたいだ。

 それも相当な数のモンスターが人を襲っている。


「襲っているってことは、まだ人間側はやられてはいないんだな」


「遠くてよくわからないけど、血の匂いも凄いから、もうくたばった奴もいるんじゃないかにゃ。でも、まだ頑張ってるみたいにゃ」


 間近の樹木の先に見つけた。

 まだ1km以上距離があるが、1000を超えるモンスターと100人前後の人間が入り乱れての乱戦状態。

 遠目に見てもモンスターと、人間らしい骸が地面にあふれかえっている。

 

 そして、明らかに不自然な物が戦場にはあった。

 それは亀裂。

 空中に真っ二つに割れた空洞が口を開いているのだ。


 そこから、モンスターが一定時間でぽろぽろと排出される。

 次第に増えるモンスターと、次第に力なく地面に伏す人々。

 眼前には地獄絵図のような野戦が繰り広げられていた。   


 このままでは人間側は全滅する。

 俺達は一歩ずつ、戦場に向かってはいるが足取りは軽やかとはいかない。


 俺達の勝機は限りなく零に近い。

 死ぬとわかっていて、助けに入るほど愚かではないと思っていた。

 しかし、神様は時には酷なことをしてくれるようだ。


「あそこに、タミエークの町長がいるにゃ……。なんでいるのかにゃ」


 どれが町長かなんてこの距離じゃわからないが、スペラが見つけたと言っている。

 いくらなんでも戦場にいるなんておかしいよな。

 

 これから行く町の長を見捨ててもいいのか、もしも生き残りが俺達を見ていたりしたら今後なんらかの支障になる可能性がある。

  

 だからと言って、助けてやる義理もない。

 ここは利己的に考えるしかないか。


「今から、彼らを逃がす為に横やりを入れることにした。慈善事業になりかねないから言っておく。危なくなったら即撤退!! 一応聞くけど、賛否を問う!」


「アマトなら助けに行くと思ってたよ。見捨てなくてよかったかな」


「もちろん、イエスにゃ!!」


「行くぞ!」


 俺達は初めての集団戦、地獄の野戦に参加するのだった。

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