第28話「猫耳幼女現る」
時間をそれほど取られることもなく、ライラ村への移動を開始する。
屋敷を離れるに従い、断層地帯を抜け次第に樹木がちらほらと点在する場所に出る。
元の世界、特に俺の住む地方では、開けた場所に樹木が自然な状態で原生しているのは希少だった。
辺りを見渡せばコンクリートが当たり前だった今までが嘘のように、舗装もろくにされていない道が続いている。
踏み鳴らされた場所の所々に街灯のようなものが見受けられるが、ガス灯や電灯ではなく水晶のようなものが嵌め込まれている。
そして、何度も見てきた音の成らない鈴がセットでぶら下がっている。
「あれは街灯か? もしかしたら屋敷にあったものと同じものが使われているんじゃないか?」
「街灯には双耀石が使われていますが、お屋敷の物ほど良いものではありません。本来日中光を吸収し、暗くなれば光を放つのですが、照らせる範囲はせいぜい1mにも満たないのです。よって、遠目に道しるべとなるように設けられるに留まっています」
「照明というよりも航空障害灯や灯台のような使われ方になってるのか。まあ、夜真っ暗になれば道もわからなくなるから、有るのと無いのとでは全く違うよな」
今はまだ昼前という事もあり、光を発してはおらず手のひら大の双耀石が鈍色の石ころのように見える。
光っていなければ、美しさは感じられない。極端に言えばその辺に転がっている石を染めたようにも思える。
「そうとも言えないんです。数も少なくあまり多くも設置できませんので村の周囲のモンスター除けとして使う程度でしか役に立ちません。設置しているのを見かけるようになれば、村からそう遠くないという事がわかるので目安にはなりますがそれでは効力としては今一ですね」
無いよりはましという程度の活躍しかできていないらしい。
それでもモンスターに遭遇する可能性が減るというのであれば、効果としては十分だと思えるのは何故だろうか。
昨日まで必死になって戦ったモンスターが村に村人に近づかないと思ったからか。
必ずしも絶対などないのに。
「村が見えてきたにゃ!!」
櫓のようなものが2km程先に見える。
「あれは何だ、櫓のように見えるけど?」
「あれは憲兵の常駐と共に創られた詰所の一部です。賊が村に近づかないように監視する為というのは建前で遠方の国……カイル様のお屋敷の監視が目的です」
「やっぱりそういう事か」
「アーニャ? やっぱりってどういう事にゃ?」
「最初から、気になっていたんだ。詳しくは知らないが、村というと人が少ないのに自警団がいるというのも何か引っかかる。憲兵の目的は村を守ることでないんじゃないかってな。賊に邪魔されるわけにはいかないから仕方なく退治しているに過ぎないってことさ。それに屋敷が監視対象になってるんじゃないかとも思っていた」
「確かに憲兵の連中はおかしなやつらだったにゃ。話しかけても反応しないし、言葉を話すのを聞いたことがないにゃ。でもなんで領主様が監視されなくちゃならないのかにゃ」
「領土と言えどシフトラル王国の一部だからな。異世界だから元の世界の知識がどれだけ役に立つかわからないが、税金を納めていたり逆に国からの援助があったりするわけだ。本来監査員が出入りするなりあったもいいだろうが、屋敷はどこかの村に属しているわけでもない。言ってしまえば独立した国のようなものだろ。目の上のたんこぶにならないように牽制しているんじゃないかってね」
「シフトラル王国は基本的に不干渉です。現国王は旦那様と旧知の仲なので別の勢力が動いていると見ています。派閥の均衡を崩さない為にも旦那様は屋敷の外では鎧を纏い正体を隠すことになっているのです」
「道理で森を抜けてからが厄介だと言っていたわけだ。問題は賊だけに留まらないって事か……師匠は師匠で大変そうだな」
一国の王と親友だからと言って、一枚岩ではない以上いついかなる時も隙を作らない。
そこには同意できるが、敵視するような輩が現れたこと自体が問題だ。
俺の勘では絶対に俺達にも何らかの障害になり兼ねない。
俺達が屋敷を出るところは見られていたと考えて行動しないと。
ライラ村は周囲を柵に完全に囲まれていた。
一か所入り口として解放されているところには、鎧で肌身を一切晒さない門番が二人立っている。
門番の間を特に気にする様子もなく、スペラは駆け抜けていく。
門番は全く反応しない。
「ラティさん。入管手続きのようなことはしなくていいんですか?」
ラティに続いて門番の横をすり抜けていく俺達だったが、ユイナはある程度距離が離れてから問いかける。
「私も彼らの事を詳しく知っているわけではないのですが、モンスターや盗賊に対しては即刻攻撃に打って出るようです。ロイドの報告では敵意に反応していると言っていましたが、それもまた不思議な話です」
ラティも何か思うことがあるのだろう。どうにも煮え切らないといった表情をする。
村はざっと見ただけでも数百件は家が乱立いている。
ジル達の村の規模の10倍以上は優にあるだろう。
実際に町だの村だの基準が良く分からないが、元の世界の村は多ければ5万人程の人口であった。
この世界の人口ってどれくらいなんだろう。
「あれが家にゃ!!」
木造の平屋建ての一軒家の扉を開くスペラの後に続く俺たち。
リビングの先の扉が開いたままになっている。
そこから咳き込む声が聞こえてくる。誰かと話をしているようだ。
スペラは開かれた部屋に向かう。
「誰にゃ!?」
俺達は続いて寝室に入る。
「どうしてあなたがここにいるんですか? 旦那様からは聞いていませんが任務もせずに遊びほうけていたのではないでしょうね」
そこには金髪ロン毛のちゃらちゃらしたイケメンが猫耳女性の手を握っていた。
年は20代半ばってところだろうか。
「まああれだ、屋敷に連絡を飛ばした後であまりに体調が悪そうだったからこうして看病してたんだよ。姐さんが思ってるようなことは何もしてない。安心してくれ!!」
「あなたが何をしようと勝手ですが、任務に支障が出るようなことはしないでください」
「さらっと流されたぁー。おっと、ごめんね子猫ちゃんたち。オレはロイド・グラッセ。よろしく」
「私は、ユイナ・フィールドと言います」
「スペラ・エンサにゃ」
「俺はアマト・テ……」
俺の方は見向きもしないどころか聞きもしない。
ユイナの右手を両手でつかむと、手の甲にキスをするロイドがいた。
「あ~麗しの美少女。オレの心は今満たされた。君の紡ぐ言葉によって!!」
手にとまった虫を振り払うかのように、手を振るうユイナ。
その眼は下等生物を見るかのように暗い。そして、怖い。
「にゃーもこいつ嫌いにゃ」
「女性人からは評判悪いなあんた」
「うるせーよ!! このハーレム野郎。こっちは専ら諜報活動でろくに表立った行動が出来ねーんだよ。たまにはいいだろうが、羽目を外したってよう」
よくわからんが泣きながら逆上し始める残念イケメン。
「病気を患ってる方の前で騒ぐなら出て行っていただけますか?」
ミーシアは笑顔でろロイドを部屋から追い出すと、すぐに診察を始めた。
「にゃーーーーーーー」
入り口の方で女の子の叫び声が聞こえた。
俺とスペラが向かうと、ロイドが先程までユイナにしたことを猫耳幼女にしていた。
(あいつ本当に見境ないな)
スペラが真後ろからロイドに拳を振るうが、当たらない。
二発三発と放つがかすりもしない。
「言ったろ? 俺は諜報活動主体の任務に就いているってな。敢えてその手に触れるのも悪くはないんだが痛いのは御免だ」
「お姉ちゃんお帰りなさいみゅ。無事でよかったみゅ」
この猫耳幼女の前から最早ロイドは眼中にないらしい。
そういう星のもとに生まれたんだな。哀れなロイド。
「薬草は採ってこれなかったけど、医者を連れてきたにゃ。それでこっちがミャーを助けてくれた勇者様のアーニャだにゃ」
「初めまして、勇者アーニャ様、あたしはエルピスといいますみゅ。お姉ちゃんを助けてくれてありがとうございますみゅ」
スペラと同じ金色の瞳と白い髪だが、肩まで伸びているところが少々大人びた印象を与える。
「俺の名前はアマトっていうんだけど……」
「失礼しましたみゅ!! お姉ちゃんは仲良くなるとすぐ愛称を作ってしまうんでしたみゅ。
ごめんなさいみゅ」
涙目と上目づかいのコンボで見つめられ、気にしないでと頭を撫でていたらユイナに見られていた。
「アーマト君……あ・ま・と・く・ん」
ぶるぶる震えている俺の横で、ユイナに気づいたスペラがユイナに飛びついた。
「勇者様と一緒に助けに来てくれた精霊様のユーニャ様にゃ」
「せ、精霊様ともお知り合いになったの!! お姉ちゃんを助けて……あ、ありがとうございました」
「そんなに緊張しないで。私はユイナ、精霊って言っているけどハーフエルフだから、そんなに凄いこともないよ」
「そんなことないにゃ、アーニャにマナを授けてドバーってゴーレルを切り裂いたりしてたにゃ。あれは凄いにゃ」
目を輝かせるエルピスにおとぎ話を聞かせるように盛りまくった英雄譚を語って聞かせるスペラは本当にお姉ちゃんなんだなぁと思わせる。
仲睦まじい姉妹愛に注意を引きつけてもらい、静かに部屋に戻ろうとする。
わかってます。
二人の世界の姉妹。泣き崩れる残念イケメン。そして頭を鷲頭掴みにされている俺と掴みびりびりしている精霊様。
次の瞬間頭を起点にして全身に電撃が駆け巡る。
もう恒例となりましたネーミングコーナーのお時間です。
さあて、意図も簡単に捕まった、続いて電撃ときましたらその必殺の一撃の名は『
玄関口で三組のごたごたがあった頃、治療は行われていた。
結果的にうるさい連中がみんな追い出されたのだから良しとしよう。
そうしよう……。
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