第27話「見えざる大剣」
いかにもガラの悪いチンピラ風の連中が何やら喚き散らしている。
その矛先がこちらのある一点に注視しているので、とりあえず聞いてみることにした。
「おいおい、スペラ知り合いか?」
「森に行く為に囮にした連中にゃ。あいつらも隠れて森に行こうとしてたから、屋敷の人に教えてあげたんだにゃ」
悪びれる様子もなく言い放つ猫耳少女に怒りを露わにする賊共。
哀れには思うが自業自得なのだからしょうがない。
それに、せっかく拾った命なのにどうして捨てるような真似をしているのか疑問だ。
「あの時の借り。返してやるよ!! こっちは男3人。そっちは野郎が一人いるだけで後はか弱い女とガキ共ときたもんだ。野郎をを始末したら可愛がってやるからよ」
豚と豚を足して3で割ったようなもう人間を捨ててしまったような小太りの男が言い放つ。
人は欲に溺れるとこうも品が無くなるものなのか。
絶対になりたくない大人のお手本みたいな豚もとい男だ。
「これだから、おじい様は甘いと言うのです。放っておくと害にしかならない者もいるというのに、気まぐれで世に放ってしまうんです。後始末をする身にもなってほしいです」
自然に俺の肩を掴むと一歩下がらされた。
あまりの威圧感に、心臓が捕まれたのではないかと錯覚するほどの感覚だった。
どうしてこいつらは、恐怖を感じないのか不思議に思っていた。
それを察してかラティは言葉を紡ぐ。
「恐怖を感じるという事は力量がわかっているという事です。それを感じないのは本能で察することも出来ず、力量も計れない虫けら以下という事です」
誰もが聞こえる程の声量をもって紡ぐ音は、遮るもののない空間においてはまさにジャブ。
賊共を刺激する軽い先制攻撃には効果は絶大だった。
「おい女ぁ。お前は真っ先に殺す。殺した後でも新鮮なうちはセーフだよなぁ。俺の次はお前らにも回してやるからよ。楽しみにしとけよな!」
豚似の男は頭に血がのぼっている割にはよくしゃべる。
それより、俺が真っ先にやられるんじゃなかったのか。本当に記憶力がないのか、短気なのか救いようのない連中のようだ。
厳つい男と中肉中背のスキンヘッドもゲラゲラと下品な笑い声を上げながら、煽るのでどんどんつけあがっていく。
聞いているうちに腹立たしくなってくる。
「俺がこいつらを倒す。言われっぱなしなのはどうも好きじゃないんでね。黙らされてやる!!」
俺は恐怖も振り払えるほど頭にきていた。
元の世界では絶対に関わりたくないと思っていた類の奴らだが、身内に刃を向けるなら許さない。
三人とも曲刀を構えているが、今までの強敵に比べれば技術も脅威もまるで感じない。
それが油断だとしても、それを加味したところでスパイス足りえない。
「アマト様は優しいんですね。でも優しさは時に身を滅ぼしますよ。手が震えているじゃありませんか。人間相手に剣を向けた事……ないのではないですか」
言われて震えていることに気が付く。
言葉を話す者に刃を向けた事なんて今までなかった。
師匠の分身のゴブリンは一切しゃべることをしなかった。
あれは、俺たちの素性を知っていた師匠が敢えて言葉を発することをしなかった。
言葉を話す者に対する戸惑いや、罪悪感を抱けば今のようにまともに戦えないことをわかっていたのだろう。
愛着が湧けば言葉を話さないペットの死でさえ、心を蝕む。
心や魂と言ったものはそれだけ、意識すればするほどに己を責めたてる枷となるという。
今眼前にいるのは、人を人とも思わない連中だが、罪悪感は感じざる負えない。
これが優しさかと言われれば、そうではないと思う。
強いて言うならば、自分の心の弱さが人の死に責任を持てないのだ。
こいつらを生かしておけば誰かが死ぬ。
それは罪のない人々か、そうでないかはわからない。
悲しみの連鎖を断ち切る為にはやるしかないんだ。
「私も命を奪うことが好きではないんですよ。もしも……もしもの話をします。彼らがここに現れず、真っ当な暮らしをするように改心していたならと考えると、今から起こることは皆さんにとって悲しい現実になるでしょう。でも、それは誰にも分らないことです。今、ここにきて先程の言動が彼らの運命を決めたのです。一度おじい様から頂いた命を私の手で刈り取ることになるのは残念ではありますが……」
最後の一言は本来誰かが代わってあげるべきだった。そう思わせる言葉だった。
少なくとも俺にその勇気もなかった。
人の命はみんな平等だなんてことはないんだな。
「別れの挨拶は済んだか、じゃあ死ね……よ」
今目の前で、何かが起こったのだろう。
ラティを除く誰もが息を呑んだ。
小太りの豚似の男が首と胴体が離れて、胴体が地面によろよろと数歩前に出たら力なく倒れたからだ。
「ア、アマト……」
ユイナは目に涙を浮かべて、俺の胸に顔を埋めてた。
俺は目も背けることができず、グロテスクに血しぶきを上げて解体される瞬間を直視してしまって猛烈な吐き気に襲われていた。
ユイナの背にそっと腕を回す。
「大丈夫……だから」
何とかこらえつつ声だけを絞り出した。
スペラは嫌な顔をしているが、案外ゲテモノ耐性があるようで動じている様子はない。
周囲は断層地帯で、隠れる場所は無数にあるが、今はいたって静か。
モンスターの類もいなければ、風も吹いていない。
「な、な……何をしやがった!!」
中肉中背のスキンヘッドが口角泡を飛ばしながら、倒れた仲間の元へ近寄ろうとする。
目の前には数刻前まで下品な事この上なかった男の骸が、転がっているだけのはずだった。
ガタッ
何かが倒れる音がしたかと思えば、次の瞬間スキンヘッドの男は縦割りに真っ二つになって倒れた。
その男を除く誰もが身動き一つしないうちに、また一つ骸が出現した。
まるで、鋭い刃物で上段切りでもされたかのように血しぶきを上げて地面に伏す男。
「相当日ごろの行いが悪かったのですね。今のは事故です……と言ってももう聞こえていないでしょうけど」
ラティはゆっくり倒れた男共に近寄ると何やら、右手で拾い上げる動作をする。
何を拾ったかまではわからなかった。全く見えなかったところから掌に収まるほど小さい物を投擲でもしたのだろうか。
「いーー。見逃してくれ!! 俺はこいつらにはぐらかされただけなんだ。見逃してくれよ」
目の前の惨状を目の当たりにしてようやく自分の置かれている状況が分かったのだろう。
冒頭から祖父が仲間を屠ったとっていたのに、女だからと油断していたのだろう。
「それを言うのなら『唆された』ではないでしょうか。まあ今私に対してはぐらかしてますのでよしとしましょう」
そう言って右手を軽く振ると、また一つ胴体を真っ二つにされた骸が出来上がった。
今度は右手のスナップを利かせて下から上空に向かって、軽く振り上げる動作をするラティ。
右手の動きを追うと空に巨大な茶色の鳥が上空を巡回飛行しているのが見える。
「あの鳥が殺ったのかにゃ!? 全然見えなかったにゃ!!」
空を飛ぶ巨大な怪鳥を見るや、はしゃいでいるスペラにラティが違いますよと答える。
「ピューちゃんは荷物持ちです。普段から大人なしい性格で戦闘に参加することはほとんどありませんよ」
ピューヒョロロ
上空を輪を描きながら巡回している怪鳥が鳴いているのが聞こえてきた。
「なるほど、そのままって事か……」
俺はなんだか『鳶に似ているなぁ』なんて思いながら呟いた。
「可愛い名前だね。ピューちゃん」
ユイナも呟くが、ラティは表情を変えずに薄らと桃色に染めていた。
やはり、ラティが何らかの方法で三人を屠ったという事で間違いないだろう。
ミーシアが火の魔法で一瞬で焼き払い、戦闘の痕跡を消していく。
手際が良く今日初めての作業には見えない。
最終的に地面に手を翳し、地面を均す魔法をかけて何事もなかったかのように手を払った。
「どのような方法で戦っていたのか教えていただけませんか? 参考になるかもしれないので……」
ユイナには見えない拳を受けているので、これ以上妙な技に手を出してほしくないと思ってはいたのだ
が、その心配はいらないようだ。
「参考にはならないと思います。大剣で斬っただけですから。大剣自体を周囲から感じられないようにしていますので、私が何かを持っていたことさえ誰も理解できなくなっています。正確には大剣そのものに施された効果だけでも十分なのですが、念には念を入れているんです。父の形見なので誰にも見られたくも知られたくもないので……秘密ですよ」
ラティは微かに微笑みを浮かべたように見えた。
認識できない武器とは恐ろしい。
即ち、リーチさえ不明という事なので間合いが計れない。
手合せを重ねても、何が起こっているのか不明。
こういう未知数な武器があることを頭の片隅に置いておこうと思う。
今日含めて三日間で出会った人が皆化物じみていて、敵に回せば助かるすべなどなかった。
(味方で良かった)
よく考えてみると、ジル、師匠、ゼス、ラティ誰もが凄まじい戦力なのに辺境の地で守りに徹して戦力の温存に努めている。
敵はどれほどのものなのか想像すらできない。
俺達が戦う相手は完全に未知数であるが、間違いなく圧倒的な戦力を保持しているのだとわかっているだけましなのだろう。
おかげで楽観的にならずに済むのだから。
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