第26話「招き猫か厄寄せ猫か」

 見つけたときには手ぶらだったはずだが、武器をも用意してもらったようだ。

 

「そのナイフもただのナイフではないんだろ?」


 スペラは二本のナイフをホルスターから引き抜いて見せてくれた。

 一本はどす黒く赤みを帯びた木製の刃渡り20cm程のナイフ。

 

 ナイフと言ってもそのままでは斬ることなどできないだろう。刃も鋭くはなく触れたところで硬い木にしか感じられない。祈祷などで使われる法具のような印象を受ける。


 一本は透き通るような水晶に似た黒刃の刃渡り25cm程のナイフ。 

 こちらは正真正銘切れ味を重視した刃がついており、触れてもいないのに切れてしまいそうなほど艶めかしく煌きを放っている。


「こちらは樹齢600年のリーミアから作られたナイフで『蘇芳すおう』という名です。強度は鋼鉄にも勝るとも劣りませんが魔法、法術、精霊術などの増幅、定着に優れていますのでナイフに纏わせて使うのが一般的です。そして、これが真黒耀石を使って作られたナイフで『黒霊刀こくりょうとう』といいます。黒耀石の一部が突然変異して強度を増したものを加工した物です。使い込むことで鋭さが増すという特異な性質があり、血を吸って切れ味が増すと昔から知られている為妖刀などと言われています」


「爪があれば、武器なんてなくてもいい気がするにゃ」


「武器の本質は攻撃する為だけではありません。身を守る為にも使えます。危険な武器を持つ物に対しては必要になると思いますよ」


 レオナが不満を漏らすスペラを説得する。


「俺も、レオナがいう事に賛成だな。爪が強力だろうが俺のガルファールを砕けると思うか? 俺ならガルファールで叩き斬る自身がある。どうしても無理なものは無理なんだよ。それは昨日経験したからわかると思うけどな」 


 悔しそうに猫耳少女はうなだれていたが、納得したようだ。

 ナイフをホルスターに収納する。


「アーニャが言うなら間違いないにゃ」


「あ~にゃ? ってなんだ?


「勇者様はアマト様だからアーニャって呼ぶにゃ。精霊様はユイナ様だからユーニャって呼ぶことにしたにゃ」


「可愛いかも……」


 顔を薄らと桃色に染めるユイナを横目に、もう好きにしてくれという気持ちになった。

 そう言えば一つ気になったことがあった。


「ルカウェンって何だ?」


 ユイナが真っ先に答える。

 アビリティの力はやはり健在のようだ。


「ルカウェンはこの世界で最も強靭な糸を出す、蜘蛛のことだよ。材質はアダマンティウムとナノバイオテクスの結合素材。伝説上の生き物と呼ばれるほど個体数が少なくて、見つけることが困難だって。生息地はジャルスマキナ深層だって」


 昔、蜘蛛の糸に炭素を吹きかけて飛行機の落下も止められる強度がでたと世間で話題になったことがある。 

 それをルカウェンという蜘蛛は自分自身で創り出したのか。

 なんとも逞しい生き物だ。


「そんな貴重な物、使って大丈夫なのか? 希少なのもわかるし値打も相当なものだと思うんだが」 


「必要な時に必要な方が使ってこそ意味があるんですよ。その気になればまた取ってくると思いますし、いいんじゃないでしょうか」  

 

 レオナは楽観的に言っているがこの言い方だとカイルが取りに行くのだろう。

 

 一様に準備も済んだので一階へと降りていく。

 そこにはカイルと使用人の全員が見送りに来ていた。


「師匠何から何までお世話になりました。また会えるのを楽しみにしています」


「先生、お世話になりました。私も次に会う時には力をつけておきます」   


「死ぬなよ」


 カイルが言ったのは一言だけだったのに、確かに心に響く言葉だった。


「では、行きましょう。ユイナ様、アマト様、スペラ様」


 俺はラティに続いて玄関を出ようとすると足を踏み出そうとして、カイルに肩をつかまれた。


「声を出すな。聞かれると不味い……お前がな。ほら行け」


 一冊というには薄いが何やら本のようなものを渡された。

 渡した本人というと、説明もせずに屋敷へと戻っていく。

 

(見られると俺がやばいの、どゆこと?)

 

 中身を見ると料理のレシピ、それもカイルが書いたものと思われるものとザックスが書いたものがある。俺がカイルに出会ったばかりの時に何を考えていたのか見抜いていたわけである。


「これからもお世話になります、師匠。ザックスさん」 


 俺は聞こえないように呟いた。

 レシピ通りに作れば、同じものができるのが世の理。

 よく、漫画や小説ではレシピ通りといいつつゲテモノ料理を作る女の子が出てくるが、あれはあり得ない。

 卵を茹でたらカレーになるくらいあり得ない。


「先生と何を話していたの?」


 ビクッ


 つい反射的に一歩下がっていた。

 ユイナが声をかけてきたからだ。


「頑張れってさ」


「ふーん」


 目を細めて覗き込んでくるユイナにぞっとする。

 全てわかっていて、聞いてきたようで本当に怖い。

 

(何も悪いことはしていないのに、どうしてそんな目で見られないといけないんだよ) 


 慌ててラティの横まで駆け寄り、話しかける。

 

「ここから、ライラ村までどのくらいかかるんですか?」


「2時間もかからないと思います。モンスターも徘徊していますが、成熟しきる前に自警団が数を減らしているので、影響ほとんどありませんので」


「急ぐにゃ!! 急ぐにゃ!!」


 今にも飛び出していきそうになるスペラを羽交い絞めするユイナ。

 ミーシアは殿に陣取り周囲の警戒に注視している。

 両手にロッドを持つスタイルのようだ。

 

 ラティもミーシアもメイド服姿なのだが、よく見ると屋敷内よりもスカートの丈も短く小手等の軽装を纏っている。


「ラティ達の服装ってもしかしたら戦闘に備えての物だったりするんですか?」


「その通りです。レオナがルカウェンの糸で繕ったものです。外出時は何があるかわかりませんので、屋敷の者には一着用意があるんですよ。少し、彼女の趣味が入っているのは致し方がありませんが、彼女が屋敷に来る前と比べて被害は少なくなりました」


 袖のあたりをつまみラティは話してくれた。

 全体的に薄手の生地が風に良く靡く為、視線を少し下方へ泳がせ、戸惑いの表情を見せる。 

 

「可愛いですよね。私も着てみたいなぁ」


 ユイナはラティの衣装に目を輝かせている。

 反対にスペラは全く興味を示すこともなく、上の空。 

 女の子はみんな服に興味があるのかと言えばそうでもないみたいだ。


 当たり前のことだが、男は女はなんて考えはこそ世界では通用しない。

 身体の構造が違う以上できることとできないこと、有利不利が必ずある。

 それを認識していないと、取り返しのつかないことになる。


「でもな、やっぱり自分の親くらいの歳で可愛い可愛いって言ってるのはなぁ」


 

 全く見えなかった。

 何もないところから、幻影のような奇軌跡が今頃になって伸びる。

 そして、胸を貫かれたような激痛。

 痛みは感じるのに、触れてみても身体には何かされたような跡もない。

 

(そうか、これが答えだったんだ!! 俺は敢えて新技の発現を促すためにサンドバックもとい生贄になっていた……そんなわけないな)  


 よし、気づかぬうちに貫かれたような神速の弾丸。名付けて幻影弾ファントム・ブレッド

 在り来たりで、何ともオリジナリティにかけるけどたまにはいいかな。


「ど、どうしたにゃ!? 急に倒れたりして、気分でも悪いのかにゃ……」


 ユイナの羽交い絞めを抜け出してきて、俺に肩を貸そうとするスペラに『大丈夫問題ない』と言って自分で立ち上がる。

 心配そうな視線を送ってくる。

 犯人はお前だとは言わない。巻いた種を回収しただけだし。


 ライラ村の方角は東北東だと聞いた。首都アルティアには近づいているようでそうでもない。

 そのまま北に向かえば首都に一直線。されど東に進むことにより、山を一つはさむことになる。

 大きな山ではないにしろ、20km四方と言ったところで高さ1000m級と小高い山。


 このまま進んだ際迂回することなく進むためには山を敢えて登らず、東から周り込むのが良いという事だ。

 その際には別の街を経由する為、時間も要するが致し方がない。今は一刻を争う。目の前の命を捨て置くなど愚行。


 木陰から人影が突然飛び出し俺たちの行く手を遮る。 

 その数3人。厳つい男、小太りの男、中肉中背でスキンヘッドの男といずれもガラの悪そうな雰囲気だ。


(ここはいつから世紀末になったんだよ)

 

 そんなことを考えていると。


「「「お前はあの時のガキじゃねえかーーーー」」」


 絶叫する男たちはそろって指さす先には猫耳少女がいるわけで。

 

 厄介ごとを連れてくるのは招き猫とは言わないんだぜ。 

 先が思いやられる。一同がそう思ったに違いない。

 だって俺は思ったんだから。 

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