第25話「その装備はまずいんじゃ……」
仰々しい盟約など早急に済ませると、昨晩同様食事の為に席に着いた。
恐らく食事の前にスペラの事を先に伝える用意があったのだろう、食事は席に着いてから程なくして運ばれてきた。
その時、食事の様子を見て安心している料理長のザックスに美味しかったと一言伝えておいた。
昔、家族でホテルのレストランで食事をしていた時、ソムリエに言って父に笑われたのを思い出した。
もう、あのころには戻れない。
この世界では昔の経験も知識もどの程度役に立つのか未知数、ただどこの国や世界でも褒められて嫌な人なんていないとそう思っている。
「そう言ってもらえるのが何よりの褒美です。調理人冥利に尽きますよ。さらに満足いただけるように精進致しますのでまた召し上がってください」
「うまいにゃー。こんなにうまい飯は初めてなのにゃ!!」
貪り食べるスペラは食事のマナーとしては程遠いが、本当に満足している様子だ。
これから先、旅をするならば当分、まともな食事はできないだろうし味わっておかないとな。
食後のデザートは多色のアイスクリームにフルーツが混ぜてある。
イタリアのスプモーネのようだ。日本ではあまり馴染みがないけどね。
存分に味わっているのは俺だけではないようだった。スペラなんて皿までなめまわしている。
「「ごちそうさまでした」」
俺とユイナは自然に口にしていた。
「ごちそうさま? ってにゃんて意味かにゃ?聞いたことないにゃ」
聴いていたスペラはなんだか不思議そうな顔をしている。まるで呪文を呟くように聞いてくる。
「あー俺たちの国ではな、命に感謝して食するからいただきます。食事を作る為に走りまわった、とは言わなくとも手間暇かけてるわけだからその労いの言葉だな。国や宗教によっても違うだろうけど、気持ちを伝える手段ってわけだ」
「わかったにゃ!! 美味しい飯をごちそうさまにゃ」
犬歯をむき出しに満面の笑顔で叫ぶ。
俺はそこまで大きな声を出さなくてもいいんだ、と一言呟いた。
素直な奴だよな。それに中学生くらいの年齢のせいか特に違和感のようなものは感じない。
「ラティ、頼んでおいたものは出来ているか」
「レオナより準備ができていると聞いております」
「準備は任せる。そのまま出すわけにもいかんからな。武器も何か見繕ってやれ。準備が終わったらライラ村へ向かえ。ラティとミーシアお前たちは村まで同行し、エンサ親子を連れてこい」
「かしこまりました。スペラ様、どうぞこちらへお越しください」
スペラはラティに連れられて部屋を後にする。
そのまま後について、特に急ぐでもなく二階に上がる。
俺とユイナも割り当てられた自室へと戻り、着慣れてきた装備へと袖を通す。
ラティからさっきまで着ていた服は『どうぞそのままお使いください』と言ってもらったので畳んで鞄にいれた。
正直、装備は生きているからなのか自然に浄化、洗浄を行いいつも清潔な状態に保っているのはありがたい。
しかし、スペラに合った時の反応然り良くも悪くも目立つ。
隠密行動の必要に迫られたときに、不味いし初期装備のパジャマは異質過ぎる。
無論、パジャマ姿でうろつける場所など元の世界でもなかったわけだが。
部屋から出ると既にユイナが部屋の前で待っていた。
相変わらず準備が物凄く早い。
どうしてそんなに早いのか気にはなるが、覗くわけにもいかないので忘れることにした。
「荷物が増えると、戦闘になった時に困るんだけどどうしようもないんだよね。ゲームとかなら、アイテムは99個までは一つとして鞄に入れておけたりするし。99個しか入らないのかよとか思ってたけど、実際はそんだけ入れば贅沢ってもんなんだよな」
意味のない愚痴を呟いていた。不味かったかなとちょっと後悔。
持ち物は多い方が何かと便利で、いざという時に役立つと思う一方。
土壇場での窮地を荷物のせいで招くことになるのも本末転倒ときたもんだ。
「そうだね。修学旅行の時に重たいバッグを持って行った記憶があるけど、町を廻るときは小さい鞄に持ち替えて、ホテルに荷物は預けていたしね。重たいのは我慢すればいいけど、戦う相手は荷物の事なんて考慮してくれないから、不利になるし困るね」
どうやら、ユイナも荷物が増えることに懸念を抱いていたらしい。
おしゃれに気を遣う女子なら服も増えそうだし、化粧品とか、へやーアイロンはないか。まあいろいろ嵩張るはず。
しかし、服を嵩張るほど持ち運ぶとは思えない。ユイナはなんだかんだで結構合理的な性格をしてるし。
どっちにしろ、武器は嵩張る。早めに考えないといけないな。
「おいおい考えていくとして、ライラ村ってスペラのお母さんと妹がいるんだよな。話の流れで一緒に行くことになったけど、家族離れ離れになるのは良くないような気がするんだけど、どう思う?」
俺は偽善者のようだと思いながらも口に出さずにいられなかった。
昔は十代で成人することなど当たり前だったと歴史の授業で習った。
いわゆる元服と呼ばれ12歳で既に嫁ぐことすらあったと聞く。
今も国によっては成人の定義は違う。わかりやすい例だと飲酒制限などがそれにあたる。
「私も、生きているならずっと傍で暮らすのもいいと思うけど、それが正しいってことではないと思うなぁ。それは私の主観でのことだしね。私もアマトも結果として親許を離れているわけでしょ。理由なんて結局は後付けだと思うよ。」
「スペラが親許を離れるきっかけが今この時だった……」
後にも先にも今この時という選択の機会はない。それを俺がどうこうしようというのがそもそも傲慢なんだ。
スペラの選択を認めて信じてやるのが、俺の選択だ。
「先生もアマトも言ったよね。責任があるって。スペラの命を救ったのはアマトなのだからその命に責任を持たないといけないって。でも、アマト一人に重荷は背負わせないよ。私も持てるだけ背負ってあげるから」
ユイナに優しく頭をなでられた。
自分より長い時を過ごしてきたからか経験の差か、見かけによらず大人びている。
「救急車を呼べばそれで終わりだと思っていたのに……。まあ、成る様にしかならないか。ごめん、迷惑をかける」
「ごめんじゃないでしょ。ありがとう」
「ありがとう」
肩の荷が下りた気がした。
もう何度も下ろしてるんだけどね。
奥の扉が開くと、ラティとレオナに連れられてスペラが姿を現す。
セパレートの青い水着にしか見えない身体の線がはっきり出る服装で、おへそも出している。
胸も真っ平で色気というものからは程遠いのだが、これをステータスと言っているを聞いたことがあるので周囲には目を配る必要がありそうな気がする。
とにかく体を隠す面積が少なく、動きやすさに極限まで特化したようだ。
武器はショルダーホルスターの両対にナイフを装備している。
「ユイナ様、アマト様、あらためまして、レオナ・ピッケンハーゲンといいます。まだ見習いですが、お洋服の仕立てに関しては王都の仕立て屋にも劣らないと自負しております。どうか安心してお召しになってください」
ラティとはまた違ったお姉さんタイプの女性、橙色の長い髪を三つ編みにし、眼鏡をかけた整った顔立ち。背丈もユイナと同じ位なので俺よりはやや低い。
そして何より、この世界にきて初めて眼鏡を見た。
「眼鏡……」
「何か変ですか?」
おっと危ない、口から出ていたようだ。
「眼鏡、初めて見たんで」
「あー、これですか。私が作ったんですよ。視力があまりよくないのでこれがないと困るんです」
自作できるのか眼鏡って。せいぜい夏の自由研究で天体望遠鏡モドキしか作ったことないよ。
視力となると、適した度でなければいけないのだからとりあえず拡大するだけとはわけが違う。
「なんでも作れるんですね」
「なんでもは作れませんよ。なんとなく作れるような気がしたら試してみるんです。結果成功した物を使っているだけですよ」
さらっと言ってのけるがそれが難しいとは敢えて突っ込まない。
半裸のスペラはレオナから専用の深蒼のロングコートをかけてもらい旅支度は完成した。
機動力に特化した装備は、コートにこそ耐魔法、物理耐性があるがそれ以外は素肌も同然。
生きた装備ではないが、魔法無効、物理耐性、柔軟性に長けており刃物の貫通はないという。
「ルカウェンの糸を使って織りましたので、ありとあらゆる魔法の無効。それに傷一つ付けることはできません。さらに、風化、劣化、腐食することもないので管理のしやすいんですよ。ただ希少な為全身を覆うほどは確保できませんでした。上から何か着るように言ったのですが……」
レオナは困ったように、小首をかしげて言う。
「これでいいにゃ。何も着てないみたいで動きやすいにゃ」
羞恥心を全く感じていないのか、ロングコートをはためかせて飛び跳ねて見せる。
尻尾の付け根まで覆っていない為、尻尾の穴などないのも見ただけでわかる。
確かに動きやすいには違いがないが。
本人がこれでいいというのだからいいのだろう。
これから俺がこの猫耳少女を連れて旅をするわけだが、ロリコンとか思われないよな。
なんだか、どうでもいいことで悩む時間が増えてきた気がするな。
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