第24話「猫耳少女~追放」

 朝日と共に目を覚ますと、夜中の出来事を思い出し恥ずかしくなった。

 服を着させられて、挙句の果てに部屋まで連れてきてもらうなんて想像もしていなかった。

 

 原因の全てが俺にあったとは思えないが、気まずいなぁ。

 そんなことを思っていたら、布団の中に何かモフモフした手触りがある。

 

 (猫でも紛れ込んだのかな。動物にはやたら好かれるんだよなぁ。モンスターには好かれないみたいだけどね)

 

 こんな身近に癒しがあるなら、少しはきぶんがまぎれるかもしれない。

 そっと布団をめくってみる。

 足にしがみつくように丸まって寝ている猫耳少女の姿がそこにあった。

 

 しかも服は何一つ身に着けていない。

 辺りを見渡すと、昨日貸したコートが床に脱ぎ捨てられていた。


 どうやら、癒しの空間から遥か彼方へと来てしまったようだ。

 こんなところはユイナには見られるわけにはいかない。

 そっと引きはがそうとして……。


 トントン


 扉が叩かれる音が聞こえる。


「アマト様、起きてらっしゃいますか。朝食のご準備ができております。準備ができましたらどうぞダイニングルームまでお越しくださいませ」


 ラティが朝食に呼びに来たようだ。

 

「はーい。今すぐ行きますよー」

 

 危ない危ない。

 訂正、誰にも見られるわけにはいかない。

 

「おい、起きろ。監視されてたんじゃなかったのかよ。何でここにいるんだよ!! それより良く知らないところにきて平然としてられるな」


「んにゃー。勇者様の匂いがするにゃー。いい匂いだにゃー。まあ、成る様に成るにゃ」


 どうやら、匂いを辿ってきたらしい。

 犬は人間の一億倍、猫は十万倍の嗅覚っていうからなぁ。猫耳が生えた人間にしか見えないこの少女がどの程度の嗅覚があるのかは確かめようがないのだけれどね。

 どんな場所でも怖気づかないのも猫ならわかる。やっぱり猫なのか。 


 いや、そうじゃない。

 監視のミーシアと呼ばれていた、おっとり系少女はどうしたんだろう。

 

「ミーシアさん……監視の侍女がいたはずだが、良くここまでこれたな」


「ぐっすり寝てたにゃ。物音立てなかったら抜け出してこれたにゃ。ちょろいにゃ」


「いなくなったのが、ばれたら大騒ぎされそうだな。すぐに部屋に戻ってくれないか」


 トントン


 またノックをする音が聞こえてきた。 


「アマト、入るね」


(入ってくるのかよ!!)


 慌ててスペラ諸共、布団をかけなおす。

 真っ白なワンピース姿のどこぞのお嬢様風な美少女が部屋に入ってくる。

 薄めを開けて、心行くまで堪能させてもらった。

 あくまでまだ寝ている定で。 


「誰かと話している声が聞こえてきたから、もう起きてるかと思ったんだけど。気のせいだったみたいね。さっきラティさんが朝食の準備ができたって呼びに来てくれたんだけど、一緒に行こう」


 ユイナはそういうと、掛け布団をゆっくりと持ち上げようとしたが、びくともしない。

 スペラがしがみついているからだ。

 俺は汗がダラダラと滝のように流れてくる。

 案外昨日のことは見なかった振りをしてくれているのか、空気を読んでいるのか普段と変わらないように思う。

 

 なおさらこの状況は非常にまずい。

 毎度、必ずと言っていいほど新技が炸裂するからだ。

 まだ半日とたっていないのに新技の餌食に何てなりたくはない。


「起きてるなら、早く行きましょ。夜中の事は私も確認を怠ったのだから、一方的に手を出すのはおかしいと思ってたの。もともと女子高だったからかな。男子との距離感ってわからなくて……。言い訳だよね。ごめんなさい」


 本当に申し訳ないと思っているのだろう。

 悲しそうにも困った顔にも見える。

 いたたまれなくなって、返事をする。どうせ、寝たふりなんてこの美少女の前では意味をなさないのだから。


「こっちこそごめん。理由はどうあれ、見たわけだし……。俺だってどうしていいかわかんなくなってる。今もわからないわけだけど」


「私と一緒だね……。あれ、これって昨日アマトがあの子に貸してあげたコートだよね。どうしてここにあるの?」


 どうして、このタイミングで話題を変える。それも最悪な方向に……。


「さ、さあ……。なんでだろ……。寝てたからわからなかったなぁ」


「そう」


「はい」


「聞くよ」


「本当に?」


「動けない状態なのを、ここに運んできたのは私。それは間違いないから」


 そっと掛け布団を捲り上げると寝息を立てているスペラの姿があった。


「抜け出してきたのか、このありさまなわけで」


「悪い意味で予想を裏切らないね。服を着ていないのは昨日の今日だから理由も知っているし、気にはなるけど目を瞑るとして、このままというわけにはいかないでしょ」


「騒ぎになる前に連れて行った方がいいよな」


 床に放り投げられていた俺のコートを拾って手渡された。


「はい、これ。とりあえず何も着ていないのは駄目。アマトのコートをとりあえず着せて連れて行きましょ」


「俺が連れて行くの!?」


「だって離れたくないんでしょ!?」


 ユイナはスペラの方に視線を移して話を続ける。


「ばれてたのかにゃ。流石精霊様にゃ」


 そういうと無理やり猫耳少女を引っぺがして、俺の手から奪ったコートを着せて抱きかかえるユイナ。

 抱かれている本人と言えば冷や汗をだらだら流している。

 案の定、寝たふりをしているのはばれていたみたいだ。


「ユイナで良いって、偉くも凄くもないんだから。むしろ、あんな化けものに一人で立ち向かっていたスペラの方が勇気があって凄いと思ったよ」


 抱きかかえた猫耳少女を諭すように言う。


「そんなことないにゃ。ユイナ様は凄いにゃ。勇者様もたじたじになってるところを見てたにゃ。ちょっと怖かったけどにゃ」


 結局、俺が連れていかなくてよくなった事にほっとしていた。

 ユイナが両手を塞いだので、安全が確保された。ってのが最大の要因なのだが、それは言わない。


 身体が軽くなった俺はベッドから起き上がり、ユイナに続いて廊下に出る。

 すると、奥の部屋の前であたふたしている侍女が目についた。

 

 それもそのはず、監視対象がいつの間にかいなくなっていたのだから慌てもするだろう。

 こちらに気づいてどたばたと走ってくる侍女。鬼気迫るものを感じる。


「み、皆さん。大変なんです。私が!!」


 髪もぼさぼさにして、涙を浮かべる侍女。 

 そうだろうね。役目を全うできなかったわけだから、怒られるだろうね。そうに違いない。


「大変なのはわかってるから、とりあえず落ち着いたらどうだ」 

  

 俺は両手で肩をがしっとつかみ、宥める。

 そうしないと、次の瞬間には飛びついてきそうだったから。


「そうですね。って、な、な、な……。なんで!? どこにいたんですか!?」


 おっとっと。

 やっぱり、飛び掛かろうとした。

 抑えていなかったら、勢いで二人ともふっとばされていたに違いない。


「俺の部屋に迷い込んできたみたいなんだ。これだけ広い屋敷ならその辺は仕方がないと思うけど」   


「そうでしたか。なんとか怒られずに済みそうです……。あらためまして、この屋敷の専属医師のミーシア・アーノルトと申します。では、参りましょう」


 医者だったのか。だから、監視兼手当もかねて彼女を付けたんだな。

 すっかり元気を取り戻したのか、俺たちを先導して階段をおり昨日晩餐時に利用したへ部屋の扉を開く。

 そこには出会った当初のラフな服装のカイルが席についており、その両脇にはゼスとラティが控えていた。


 空気に緊張感がある。

 それを察してかユイナは抱きかかえていたスペラを下す。

 スペラも初めて見るカイルの素顔を見てより一層不安と恐怖に諤々と震えている。


「もう、顔を隠す必要はない。ロイドからは裏取りの報告を受けているのでな。スペラ・エンサよ。お前の母親の病はミーシアに治療をさせる。後にお前の母親及び妹はこの屋敷で面倒を見てやる。しかし、お前は禁忌を犯した。よって罰を与える」

 

「ニャマを助けてくれるのかにゃ!! ありがとうにゃ。それならもう思い残すことないにゃ……。死んでも……いいにゃ」

  

 涙を流しながら、笑みを浮かべるスペラ。

 

「恐らく死ぬよりも辛いかもしれんな。スペラ・エンサには我が納める地より追放処分とする。アマトとユイナを支える従者として付き従うことを盟約とせよ」


 床に崩れ落ちる猫耳少女は、希望に満ち足りていた。

 勇者と精霊に憧れを抱いて育った少女は、今目の前に広がる光景に待ち焦がれていたに違いない。

 母親も助かる目途が立ち、妹も母親と暮らせる場所が用意された。

 

「ありがとうございますにゃ。私、スペラ・エンサ。この命に代えてもお二人を守ってみせますにゃ」

 

 その瞳は一切曇りなく夢と希望にあふれている。

 子供のころから思い描いていた英雄の冒険譚。

 

 しかし、これから起こることは全く新しい物語。

 この瞬間、その一説に名を示す者がまた一人、生まれた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る