第23話「温泉でばったり」
部屋は結構広い、強いて言うならば二十畳くらい。
十畳の1LDKに住んでた俺にとっては、驚愕だった。
だってそうだろ。明らかに俺の住居よりも客間の方が広いなんて、惨めだし。
ベッドもダブルベッドなのだろうか、やたら大きい。
ダブルもシングルも見分け何てつかないけどね。
見比べた事なんてないから。
ベッド上に畳まれた服が置かれていた。
ホテルではバスローブ、旅館だと浴衣が部屋に用意されていたけど。
さっそく広げてみると、良質な手触りの上下カジュアルな服だった。
普段着ているライダースーツで尚且つ生きている装備のような密着性も一体化もなく、いたってシンプルでゆったりしたん感じはかえって新鮮だ。
室内にある扉の一つを開けばバスルームがある。
バスタブは浴室におかれていると言っていい。
西洋風の曲線を描く造形美が、周囲にマッチしている。
しかし、温泉大国日本出身の身の上である俺は一階にある大浴場に行きたくてうずうずしていた。
だが、待つんだ。
ここで何も考えずに大浴場へ行く。
すると、俺と同郷のユイナならすぐに向かうはず。
(ここは一眠りしてから、行こう!! そうしよう!!)
ベッドにうつ伏せに倒れ込むと明かりを消す。
一人でゆっくりするのも久しぶりな気がする。
昨晩は昨晩で良かったけど、これはこれでいいね。
だんだん眠気が襲ってきた。一眠りしよう……。
「おわっ!!」
寝すぎたか、今何時だ。
深夜1時半を過ぎたところだ。ちなみにこの世界に来てから3日目に突入した。
あっという間の二日間だった。
(もう流石に、皆眠っているだろうなぁ。起こさないように静かに下りないと……)
ドアを開ければ、窓からは月明かりが差し込み廊下は部屋と部屋の間に淡く光り輝く宝石が埋め込まれている。
どういう原理で光っているのか気になるが、まあ今はどうでもいい。
どうせ、大した原理でもないだろう。魔法がある世界ならなんでもありだしね。
一階に降りて、迷うことなく言われたドアを開くと客間の半分ほどの脱衣所があり、奥には浴室があるのだろう木製の扉が閉まっていている。
服を脱ぎ手近な籠に入れ棚へとしまう。
浴室への扉を開く。
「おお、広い!! これは温泉だよ! 温泉!!」
客室の倍ほどもある、浴室には客室同様のサイズの浴槽があり中央にはドラゴンのような石造が口から温泉を吐き出している。
某国のなんちゃらライオンみたいな感じでゲロゲロという感じじゃなく、炎を吹くかのように盛大に噴射している。
かけ湯をしてみれば温度も少々熱めで滑らかな肌触りに、心躍る。
ドラゴンの石造をの隣に陣取り、天井を見上げる。そこ吹き抜けになっており夜空の星が煌いていた。 浴場は屋敷の外側へ隣接する作りになっていたようだ。
実に凝った作りになっていると感心しつつ、肩まで湯船につかり疲れを癒す。
これだけ広い温泉を独り占めできることに、満足していると唐突に扉が開かれる。
予想していなかったわけではない。
もしかしたら、屋敷の誰かが入ってくるかなとは思っていた。
でも、ラティさんは勧めてくれたのだから入ってくるとしたら主である師匠位かななどと高を括っていた。
人影は徐々に近づいてくる。
大丈夫、師匠以外なら近寄ってこないはず。
「まじか……」
思わず、口から出た言葉はお隣さんが消してくれたらしい。
一糸纏わぬ姿のユイナがかけ湯をし「ちょっと、熱いなぁ」なんて言いながら湯船につかってこちらに近づいてくるところだった。
なぜ、気づかれなったかはお隣さんがもくもくさせながら、必死にお湯を吐き続けてくれているからだ。
咄嗟にお隣さんが広い背中で匿ってくれたのもポイントが高い。
見つかったら、殺される。
それにしても、下着姿を目撃したと思えば三日目にしてもうその先に進んでしまうとはなかなか良いペースじゃないか。
何が良いのかわからないけどね。
あくまで偶発的だから、感動も一入であって故意に覗く奴なんてけしからん。
やばい、興奮しすぎたのかな。
のぼせてきたみたいだ。
(ユイナは長風呂だなぁ……。早く出ないかなぁ)
ユイナはようやく、浴槽から上がると体を洗い始めた。
これはチャンス。脱出するなら今しかない。
湯船に何か浮いている。これはリボンかな、どこかで見たような気がする。
拾い上げ湯船から上がる。
そう、これが俗にいうフラグというやつだ。
たいてい言ってはいけない台詞を言ったり、見てはいけないものを見たりする。
もうこの時点で逃げ道などなかったのだ。
居座れば倒れる。進めば見つかる。どっちもバッドエンド、これは運命。
頭を洗おうとして違和感に気づいたユイナは案の定、立ち上がり湯船に戻る。
「拾ってくれたんでしょ……。ありがとう。お礼に一発で許してあげる」
「こちらこそありがとうございます」
蹴り飛ばされ再び、湯船に逆戻りした。
(あれれ、おかしいなぁ。動けないぞ……。これはマジで死んだかも)
ぶくぶくと沈んで行く。
そして、おかしなことに気が付いた。
全身が冷たい、まるで凍り付いたように……否凍り付いていた。
(新技だ。触った相手を凍らせる蹴りか……名付けて絶対零度蹴り《オーバーヒートキック》いい仕事をしたぜ)
朦朧としている俺を慌てて湯船から引き揚げるユイナ。顔を真っ赤にしつつも脱衣場へと引きずっていく。
俺は恥ずかしいとも思わずされるがままになっていた。
実際救助される人間は、邪なことなど考えている余裕などないのだ。
「ちょっと、しっかりしてよ!! いくらなんでも浮いてこないからどうしたかと思えば、まさか責任を感じて死のうなんて思っていたんじゃないでしょうね!!」
そんなことは微塵も思っていなかったのだが、相当やばっかたみたいだ。
普段なら俺の考えてることをずばり言い当てるのに、今は的外れなことを言っている。
「服……着たら?」
「あなたもね!!」
ユイナは自分の服を着るよりも俺の服を探してきて無理やり着せてから、自分の服を着る。
そのまま、俺を背負って浴室を後にすると部屋のベッドに寝かせると、部屋を出る前に一言呟いた。
「私を一人にしないで」
小さく消え入りそうな声を、聞き逃すことはなかった。
ユイナの親は両方顕在なのに、どういう意味だろうか。
意味や理由から発した言葉なのだろうか。
乙女心などわからない俺には理解するには難解な問題だった。
いつかわかる日がくるのだろうか。
わからなくてもいいから、力にはなりたいなぁ。
眠気に任せて意識を閉ざす。
こうして、夜が更けっていく。
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