第22話「お風呂ハプニングの予兆を見逃す」

デザートとして出されたのはフルーツタルトであった。

 こちらの世界でも手の込んだ洋菓子が食べられるのだと感心しつつも、今起きていることが気になっていた。


「本日はお越しいただきまして誠にありがとうございます。私はゼス・デュノアと申します。この屋敷で執事バトラーをしております。隣におりますのは私の孫娘のラティ・デュノアと申します。皆様にも関係のある話になるかと思いますのでこのまま進めさせていただきます」


「ああ、構わん。長い付き合いになるだろうからな。ユイナはともかくアマトのことは紹介しておこうか。前に異世界より召喚される者の話をしたのを覚えているか。それがここにいる、アマト・テンマだ」


「アマトと呼んでください。よろしくお願いします」


「アマト様でございますね。かしこまりました。あらためましてよろしくお願い申し上げます」


「ゼスさん、ラティさん。小さかった時にお会いした時以来ですね」


「ユフィーナリア様、お綺麗になられましたな。幼いころはかわいらしいお人形のようだったのを昨日のように思い出します」


「前にお会いした時のようにユイナとして、接してください」


「ユイナ様もお困りになっておりますわ。おじい様の年寄りのような長々とした感想など聞いていて呆れてしまいます。さっさと本題を進めてください。朝になってしまいますわ」


 ラティは三角眼で鋭くにらみを利かせて言い放つ。


「ラティを見ていると昔のゼスを思い出すな。これ以上怒らせると後が怖いからな。どうせまた、怒らせるようなことをしたんだろ?」


 カイルは自分専用の椅子に楽な姿勢で腰をかけている。

 鎧の重さに耐える椅子は今まで見た事のない程、立派なな作りになっていた。

 玉座というには装飾等は華美ではないが、庶民が腰を据えるには憚られる程異質な気品は備えている。


「普段から近隣の村に、盗賊の類が襲撃を繰り返していたのですが、各村に憲兵を派遣、駐在させ撃退することに成功しました。それから、ここ一月の間に屋敷と奥の森を狙うことにしたようです。旦那様が不在なのをどこで知ったのか、今朝方襲撃をかけてきたのです。屋敷を狙った賊はラティが捕縛し、情報を聞き出しましたが、末端の下請けに過ぎなかったようで何も聞き出せなかったようです」


「捕縛した賊はどうなった!?」


 カイルがラティへ視線を移す。


「処分いたしました。生かしておけるほど、屋敷の人員にも足りておりませんので」


 侍女はさも当たり前のように応える。

 ここまではっきりと言われると、それが正しいように思ってしまいがちだが賊というのも人の命だと思えば違和感を覚える。

 ユイナも、村から出ることなく過ごしてきたのもあり人を人とも思っていないような言動に動揺が見られる。


 自然に場の空気が重くなった気がした。

 それを断ち切るようにゼスが続ける。


「森に向かった賊は私の方で、相手をさせていただきました。先程の少女は賊をおとりに使って森に駆け出して行ったのですが、あのまま行かせても何かな事が起きない限り助かることはないと思い放置いたしました。まあ、賊の方も目の前で徐々に人の形を成さなくなる仲間を見て怖気づいて逃げる者は捨て置きましたが……」


「おじい様は甘すぎますわ。その気になれば虫の一匹も見逃すはずもありませんもの。あの娘に情でも湧いたのでしょうに。それはともかく、賊を見逃すのは納得いく説明がほしいですわ」


「それはもう良い。どうせ、考えあっての事だろう。我が誰を連れてくるか知った上で行った事なのだから、ラティも大人になればわかるようになる」


「おじい様の考えることなどわかりませんわ。旦那様も私はもう齢25になります。子ども扱いは結構ですわ」


「お前たちはいつまでたっても子供だ。無論、ゼスもな」


「父上……」


 ゼスは涙を薄ら浮かべて呟いた。

 カイルの素顔を見たことがあれば、目の前の壮年のの執事が実の子供だとは思わないだろう。

 しかし、フルフェイスで顔が見えない今なら実の親子にも見える。


 最初から、一使用人としての態度ではなかった。

 必要最低限の礼儀はあるが、屋敷では皆家族に見えたのだ。

 先程ラティは、人手が足りてないと言っていたが、信用にたる人間だけでこの集団は構成されているのだと思う。  

 だからどうしても、人手が確保しずらくなってしまう。


「下請けと言ったな。なれば、元締めがいるという事だが検討はついているのか」


「ロイドが探っていますが、まだ連絡はありません。賊は元々抵抗できぬ者を襲う事しかできぬ烏合の衆。いいように扱われていただけに過ぎないでしょう。設け話を持ち掛けてきたという者も、三者三様の返答が帰ってきた時には不気味さは感じましたがそれ以上はわかりませんでした」


「どういうことか詳しく話してくれ」


 ラティは奥歯に何かが挟まっているかのような、不快感を抱きつつ応える。

 明らかに怒りが滲みだしているのが、うかがい知れる。 

 どうやら、思ったことがそのまま表情に出る性格のようだ。

 それは侍女を職業にするにはまずいと思うのだが。


「自らの命がかかっているのだから、嘘を付ける状況ではなかったはずなのです……。奇妙なことに聞いたもの者によって子供から老人、性別までばらばら、最後にはドワーフにエルフと種族さえもまちまちに答える始末。奇妙なのはこれらが同じ場所で、他のメンバーが揃っている場所に一人で現れたと言っていることです」


 見かけ通りの人物ではないことは明白。そして仮面などで隠していたわけではないから、その時は誰一人として不自然に思うこともなかったのだろう。

 これは厄介だと思った。


 欺くことに特化した能力も、それを上回る観察眼の前では無力。

 それを下請けの賊を通すことで、攪乱し情報を錯綜させる。


「引き続き、情報収集を継続して行うように伝達は任せる。それと明日アマトたちとミーシアを連れてライラ村へ行ってもらう。詳しいことは後で我から伝える。お前たちは今日はゆっくり休め。明日からは本当の意味で試練が待っているのだからな」


「かしこまりました。カイル様。報告すべき事案は以上になります。皆様を各部屋に案内させていただきます。どうぞこちらへ」


「おやすみなさい、先生」


「おやすみ、師匠」


 本当は礼の一言でも言おうと思ったが、あまりにも助けられてばかりで一言で片づけてしまうのを躊躇ううちにとうとう言い出せなかった。


 ラティに従い、皆玄関ホールへと向かう。


「私はこれにて失礼いたします。旦那様もあまり無理をなさいませんように」


 ゼスもカイルと共に左右ついになる階段の右方向へ上がっていく。  

 俺とユイナは左方向へ上がっていく。

 抜けになっているのは二階までのようだ。三階から上はフロアごとに遮蔽されている。


 二階の客室に案内される。

 流石に俺とユイナは別々の部屋を割り振られた。 


「浴槽は各部屋ごとにありますのでどうぞご自由にお使いくださいませ。大浴場は階段を下りて二つ目の扉になります。そちらも併せてご利用ください」


 気が向いたら行ってみるかな。

 広いお風呂は好きだし、温泉旅行を味わうのも一興だよね。


「ありがとうございます。夕食美味しかったです。ザックスさんにもよろしく言っておいてください」


「確かにうまかった。流石専属料理長……。俺からもよろしくって言っておいてください」


 よろしくって言ってもらってはおかしい気もするが言ってしまったものはしょうがない。

 いま一瞬ラティが笑ったような気がした。

 笑うと結構ぐっとくる。

 年上も悪くないかな。


「アマト、またいつもの病気が始まったみたいね」

 俺そんなに顔に出るのかな。

 ちょっと心配になってきた。

 これ以上ぼろが出ないうちにそそくさと部屋に逃げ込んだのだった。

 もう少しゆっくりしていれば聞き逃すことはなかったんだけどね。


「あっ、大浴場の時間について言ってなかった……。まあいっか」


 祖父ゼスに似て孫娘のラティもやはりマイペースだった。

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