第17話「お約束通りにはいかない」

俺とユイナは疲弊しきっていたが、不思議と呆けることなく耳を傾けていた。

 

「不武鬼となってからも世界を旅していた我は50年程前にエリヲールに立ち寄った。その頃、時を同じくして戴冠式が行われていたのだが、我の興味は国王の即位などには向くはずもなく、酒場で食事をしていた時に奴は相席してきたのだ。それが我とジルの奇妙な出会いだった。将に戴冠式の真っ最中だというのに、その主役がいないのだから騒がしくもなる。しかし、慌しさは常軌を逸していたのだ」


「ジルは真面目な奴だと思っていたが、案外そうでもなかったんだな」


 白銀の兜は『そうではない』と続けた。


「戴冠式そのものが、仕組まれたものだったのだ。かつてないほど、各国に喧伝して回り各首脳、国の重鎮を呼び込みそれらを餌に不満分子、周辺諸国の刺客をあぶり出す。そして、渦中の中心人物は一般市民に紛れ真意を見極め判断を下す。結果、刺客を送りこんだ国の重鎮を刺客もろとも市井の前で処刑した。我が国にあだ名すことは罷り通らぬという意思表示を行い、国のありようを知らしめるに至った」


「お父さんが国でやっていたことは力を見せつけるようなことだったのですか? それでは恐怖支配と変わらないと思います。昔を知らない私では信じられません」


 ユイナが生まれたのは村に来てからだと言っていた。

 

「なぜ、暗殺者や刺客などに狙われるかわかるか?」


「生きていられると邪魔だから。害にならないのなら労力を割いてまで構う必要などないのだから」


 歴史では暗殺は時折行われてきた。

 時の首相に関する事件も歴史の教科書には必ず載っていた。

 しかし、暗殺者が捕まることは多くはない。何故かと言えば暗殺されるまで結果が見えていなかったからだ。

 にもかかわらず、犯人を見つけて首謀者もろとも晒して見せた。


「その通りだ。戴冠式という各国主要人物の前で新たな国王が確実に死んだという事実が欲しかったのだ。エリヲールは閉鎖的で貿易も行わず、精霊術を使いこなす精霊術師による戦力を保有し、長寿故に知識も蓄えられている。そして最西部の一角に陣取っている為、攻め込むには兵糧が膨大に必要になる。将に目の上のたん瘤と言った具合だったのだ」


「それと、お父さんがやったこととの関係は……」


 ユイナにとってはジルは実の父親に他ならない。それは裏の顔を知ってしまったかのように複雑な心境にもなるだろう。

   

「ここで冒頭に戻る。ジルは敢えて数百年無能で無害なを演じ続けていた。アマトの思っている通り戴冠式そのものが偽りだったのだ。そして、国民にも他国にも恐怖など与える必要も縛り付ける必要もなかった。知恵による支配……。恐怖というものは次第に薄れ、戦力の増強によって抗うことができるが、完全に読むことのできない思考においてはその限りではない。現に一度裏をかかれているのだから根拠としては十分だといえる」


「そういう事か……。ユイナ、ジルは最小限の時間と労力で国を守ることに関しては天才だったってことさ。攻め込むこともせず、侵攻も許さない。言うのは簡単だけど実際にやるとなると早々できるものじゃない」


「エルフは長寿だが、他種族はその限りではない。頭も変われば国の方針も変わる。昨日まで手を出すことが不可能だとしていた者がいなくなり、次代の王が打って出れば均衡は崩れさり、連鎖的に他国をも巻き込んだ戦争にもなりかねない。しかし、ジルは定期的に情報操作を行い膨れ上がった風船を割っていく。必ず割れるまで待たずに見極めて割り続けて民を守っていたのだ」


 兜越しである声の奥には尊敬とも、信頼ともいえる感情が読み取れる。

 

「今のお父さんからは想像できないようなことをしてたんだね。あらためて王様をやってたって実感しました」


「それだけ、予防線を強いていれば師匠のような強い騎士はいなくてもいいんじゃないですか。寧ろ、他国を刺激することにもなるかと」


「ジルの見ている景色は、目の前の平静ではなかった。世界の均衡と平和と言っていた。モンスターが蔓延る世界でそれを成し遂げるのは容易ではなく、浅はかだと我は言った。それでも、長寿たるエルフであれば一世代でやれる自信もあったのだろう。我に戦いを挑み勝てれば力を貸してほしいと懇願された」


 懐かしいのか、両腕を鳴らすカイル。

  

「お父さんは負けたんですね」


「そのとおりだ。ジルは勝てた暁には手を貸してほしいと言ったが最初から勝てるは思っていなかったのだろう。本気だったのは間違いないだろうが、目的は勝つことではなく情報取集に全神経をかけていた。それがわかったのは20年前に魔族の国ラスフェルトでのことだ。我の敗北する未来を強引に引き寄せた。正確には未来の有り様を語り、説き伏せたといったところだ。お前たちはクラウディアが未来予知の能力があることを知っているのだろ」


「聞いています。そのせいで俺がこの世界に来ることになったわけですし。やっぱり、すごいなジルは。初めて会った時から、協力関係になれるかどうか見定めていた。時折の行動は、未来を知るすべがないジルにとっては未知の領域。にも関わらず、先の先まで予測し布石を置いていたわけだから、並大抵の智将では手が出せないわけだ」


「そこから、騎士団を作り上げ天冥の軍勢との戦いに備えつつ、グランロギスの侵攻への備えも同時に行うことになった。あの国は兎にも角にも無謀なのだ。それがなければアマトもここにはおらんのだがな」


「迷惑な話だ」


「私はアマトと会えてよかった。希望を持てるきっかけになったのは確かだもの」


「結果はどうあれ、受け入れているさ。まあ、希望で終わらせるつもりはないがな」


「ここまでくれば後はそう時間はかかるまい。軽く食事を済ませたら行くとしよう」   


 俺たちは、軽い食事を済ませると装備を整え立ち上がる。

 来た道とは反対方向へ、湖の畔を添うように歩いて行き2kmを過ぎたところで再び森の中へと足を踏み入れる。

 

 今までの道よりも急勾配が多く、目の前には斜面が壁のような角度で立ちふさがることもある。

 徐々に下っているかと思えば、崖の上に立っていることなど当たり前のように起こる。

 

「この辺りは感覚が乱される領域になっている。範囲は狭いが、迷えば抜け出せなくなる、それはモンスターの同じだがな」


 言われて周囲を目を凝らして見渡せば、獣の骸が至る所に転がっている。

 すでに苔がむして、判別はしにくくなっているが踏みしめている足の下にも嫌な感触が伝わってくる。


「脱出不可能なエリアには必ずと言っていいほどいるのがお約束なんだよなぁ」


「キャー、気持ち悪ッ!!」


(ほら出た……)


 入り込んだ獲物が逃げられず弱りきったところを襲う。強いて言えばエリアボス。

 目も鼻もなく、ただ口があるだけの頭。2m程の長い足は10本ほどあり、地形の影響をまるで受けず走り回る。

 陸上を縦横無尽に走り回る、蛸のような生物。

 

『ファントムセピア レベル32』


 蛸だと思ったが烏賊のようだ。

 陸上にいる時点で最早どちらでもいいが、もしも以下の特徴を持ち合わせているというのなら些か面倒な気もする。


「あれは、走り回る烏賊みたいだ。墨とか場合によっては毒なんかも使ってきそうだ。足に捕まらないように注意していこう」


 足と言うよりも触手という表現の方が正しいかな。ここまでくればお約束がありそうな気もしないでもない。


「なんかまた変な事考えてなかった? 目つきがいやらしいんだけど」


 ジト目を向けるユイナは、心の内を見抜くかのようにわなわな震えている。

 

「わかってるよ!! 近寄らせるまでもなく最初から全力前回で行く!! 精霊術を使う力を貸してくれ」


「まかせて!! さあて、いくよ! さっきよりも上手くマナがコントロールできるようになったみたい」

 

 あっという間にガルファールに暴風が纏わりつく。

 あまりの激しさに、手を離してしまいそうになるが必死に限界まで耐え抜く。


「烈風瞬刃波!!」


 辺り一帯の樹木をも巻き込み烏賊は粉々に切り裂かれ吹き飛ぶ。

 同じ技とは思えないほど威力が跳ね上がっていることは明らかだ。

 

 樹木は数百本根こそぎ切り倒すことになり、身体に及ぼす感覚への影響が緩和されていく。

 恐らくこの一帯の樹木に原因があったのだろう。


「凄い凄い!! 一撃だね……。ねぇ、わかってて敢えて聞くけど何でがっかりしてるのかなぁ」


(お約束を自分の手で反故にしたから……なんて言えないね)


 俺は、ふっと寂しい笑みを返すと再び歩き出した。


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