第18話「猫耳少女~孤高なる戦い」
森の一角に広がる湿地帯。
差し込む日差しも僅かな為、昼間だというのにまるで日没間近のように薄暗い。
清く澄み渡る
真っ白なショートカットの髪に特徴的な猫耳、小柄で華奢な体躯には尻尾を携えている。
幼い容姿に金色の瞳の少女の名はスぺラ・エンサ。
僅かなふくらみを申し訳程度に薄絹で隠し、短パン姿という布面積が全体的に少なねな恰好にも関わらず日焼け後も見られず全身色白と言っても過言ではない珠の肌をしている。
「危なかったにゃ……。でも、中身を捨てれば本末転倒。思ったよりも重くてくたくたにゃー」
間一髪、長い苔に覆われた腕がわき腹を掠めていく。
体中に生い茂る苔が肌に高速で触れる感触は、不快であり痛みも同時に与える。
麻袋がパンパンになるまで薬草を詰め込んだ為、自由に動き回ることも出来ず巨大な歩く苔の塊に追われる羽目になってしまった。
(早く戻らないと、ミャマが死んでしまうにゃ)
薬草はこの森で採取することができる一級品の為効果は覿面。それでも、持ち帰れればの話であって、領主が這入ることを禁じている為、助けも期待できない。
むしろ領主に見つかれば、処罰されても文句は言えない。
誰にも見つからず村まで戻るためには、大木のような足の機能を奪いその隙に逃亡する他にない。
単純な速さならゴレームなど相手にもならないほどの瞬足を備えているものの、体格差が絶望的なまでにあり逃亡することも至難の業である。
5mを軽く超える巨体はスぺラの4倍近くもリーチがあり、易々と退路を塞いでくる。
例えばカバは人に比べれば体が大きく足も速い。
4m程もあるにも関わらず陸上で時速40km以上で走るというから驚きだ。
しかし、これは動きそのものの機敏さではないという事。
時速40kmで走る、人間がカバと同じサイズになれば単純にその数値は数倍に跳ね上がると言われている。
同等の体格では、元々の俊敏さが活きてくるがそれはこの場では無意味な希望的観測に他ならない。
常に相手と対等な状態で戦えるわけではないのだから。
もちろん体が体裁事もアドバンテージになりうる。
的が小さい程、攻撃を受ける可能性は少なくなる。
元々動きが早くないゴーレムではサイズが大きくなったからと言って機敏さは左程変わるものではないという事がせめてもの救いになっている。
それでも、目的地への到達時間は大幅に短縮される巨体は驚異。
油断して一撃でも受けてしまえば、少女の体なぞ耐えうるすべもない。
「こんなのがいるにゃんて聞いてないにゃ!!」
尻尾を逆立てて精一杯虚勢を張るが、巨人は意にも介さない。
大ぶりの拳が絶え間なく視界を行き来するたびに、体力が奪われていく。
「やめるにゃっ! お前と喧嘩なんかしたくないにゃーー!!」
言葉は通じているのかいないのか、知性があるのかさえもわからぬ相手に叫び続けたがやはり返事は拳のみ。
徐々に躱す為の動作も鈍くなりつつある。
ここで思い切って麻袋を遠くに放り投げた。
この場をどうにか凌ぎきったら、後からでも取りに来ればいい。
むしろ、荷物を抱えていて助かる道理などない。
重しを手放したことにより、ぬかるんだ地面に足場を取られなくなったことで動きにキレが増す。
「いつまでもやられっぱなしにゃんて思ってたら痛い目をみるにゃっ!!」
拳が降り抜けた瞬間、鋭い爪を瞬時に伸ばし勢いよくしゃがみ込むように巨椀を切り裂く。
バターを切るように、右腕がぼとりと地面へ落ちる。
「ざまーみろにゃ。所詮粘土細工に苔生やしただけにゃ。みゃーの敵じゃないにゃ」
地面に両膝を付ける巨人を一瞥すると踵を返し、長居せずにその場を離れようとした瞬間。
地面を叩くような音が静かな森に響き渡る。
「い、痛いにゃ……。あ、あ……」
切り落としたはずの右腕が突如スぺラを鷲掴みにしたのだ。
横目に見る巨人は相変わらず動く様子はない。
しかし、妙なことに無くなった肘から先を地面へと翳している様子が見受けられる。
そして、自分をつかむ腕は足元の地面から生えているのが確認できた。
そう、本体は一歩も歩くことはなく地面を経由することで腕を操っている。
こうなってしまえば力任せに脱出は不可能。
強力な力で握りつぶさんとする巨人に抗うすべもなく、徐々に全身の骨が軋むような感覚が襲う。
自慢の爪も身動き一つ許されない状況下では役には立たない。
意識が無くなれば全てが終わってしまう。
そうなる前に、最後の足掻きに打って出る。
「天駆ける……稲妻よ。愚鈍で辛辣なるみゃーに雷帝の……加護を……。『ボルティア』」
天空より轟音と共に電撃の柱がスペラを貫く。凄まじい衝撃が巨人の腕を粉みじんに猫耳少女諸共吹き飛ばす。
地面には全身に青白い雷光を纏い薄蒼に煌く髪をしたスペラがいた。
体内の魔力をすべて使い切り、身体能力を極限まで高め尚且つ治癒力を限界まで高める雷の魔法『ボルティア』を発動させたことにより窮地は脱した。
副産物として周囲が湿地帯という事もあり、凄まじい電流が当り一帯に流れた。
魔力を帯びた雷はバチバチと地表に滞留している。
しかし、相手が悪い。拘束していた腕は落雷の衝撃で吹き飛ばしたに過ぎず、本来の性質は全く生かし切れていない。
極め付けに、魔力も少なく魔法は未熟な為に持続時間は5秒と短く巻き返すこともままならない。
これが能力を使って脱出を試みることができなかった理由の一つだ。
数十倍に上がった思考速度と身体能力があったとしても、刹那ともいえる時の中では無に等しい。
にもかかわらず、ジョーカーを切ってしまった。
いや、追い込まれた挙句に切らされたといった具合だ。
腕は完全に消し飛ばしたとはいえ、もう巨人から目を逸らすようなことは出来ない。
巨人は再び立ち上がり失ったはずの腕を地面の土を使い再生させる。
何事もなかったように徐々に距離を詰めてくる。
「腕がまた生えてきたにゃ……。もういい加減見逃してほしものにゃ」
数十倍に加速した思考速度の中であらゆる手段を考えては泡沫に消えてゆく。
雷を帯びた地表を滑るように移動することで10m後方へ瞬時にたどり着く。
それはぎりぎり帯電されている範囲であり、樹木が生い茂る湿地帯の境界線を意味する。
湿地帯を抜ければ安定した足場が得られるのは巨人も同じ。
そして帯電範囲であれば、地面に足をつかずに移動することができる。
それも時間の問題、後5分もしないうちに完全に空気中に霧散してしまう。
「にゃっ!! ミスったにゃーーーーーーーーーーー!!」
重大な問題に気が付いてしまった。
帯電範囲の移動に必要な条件は術者自身が雷を帯びていなければならないこと。
既にボルティアの効果は消え、治癒の期待できず万事休す。
目の前には再生されたばかりの苔を纏っていない、真新しい腕が迫りくる。
先程味わった激痛を思いだし、思わず両目を閉じてしまう。
「ったく……。やれやれだぜ。師匠がこの森のモンスターは魔法を使わないっていうから来てみればこれだもんな」
そこには、無残にも再生したばかりの腕を地面へと切り落とした青年の後姿があった。
「もう大丈夫だ。後は俺に任せろ」
青年は振り向くと笑顔でそう言った。
立ちすくんでいたスペラは思わずうれし涙を流した。
青年には幸か不幸か見てしまう。
目の前でぼろぼろと崩れ落ちて、一糸纏わぬあられのない姿をさらす幼子の姿を。
落雷を受けて、スペラの服は全て焼けてしまい炭となってしまっていたのだ。
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