第16話「湖畔での束の間の休息」

 屠ったセルバエラフィは最も巨大な一体の角を採取したのを除けば他の、死骸は放置することにした。

 

「案ずるな。この森には肉食の獣が五万といる。そのまま放置しておいても死獣の類には成らぬ。しかし、時と場合によっては死獣として復活することがあるのは事実だ。条件はさほど容易くはないがな。それよりも先に向かうぞ。想定していたより時間を要した、このままだと日没までに森を抜けられなくなる」


 再び、草木をなぎ倒しながら足場を作っていく白銀の鎧騎士の後を追う。


 はぐれセルバエラフィが時たま、行く手を阻むが軽くいなしていく。

 モンスターとて、生きているかと思えば、思うところもある。

 

 そんなことをカイルに問うと、草木をむやみに食い荒らす為数を減らさなけば再生が追い付かず不毛の地になる場所ができてしまう。駆除をするのが同族か異種族かの違いだと教えてくれた。


 俺が住んでいた日本でさえも鹿などの獣が人里へ降りてきて田畑を荒らしたり、農作物を壊滅させたという話も少なくない。

 例外なく駆除されていたのも知っている。

 

 そう、自分たちはテレビに映る映像でしか知らないだけで、誰かが代わりに駆除を行い人の生活を守ってきたのだ。

 単純に命を奪うことがいけないなどと言っていた自分は愚かだった。

 汚れ仕事はしたくない。罪悪感を感じたくないという思いが少なくとも捨てきれていなかった。


 これから先、恐らく複数の仲間の命を預かることになるだろう。

 危険に立たされた時に、偽善で生かした命に仲間が殺される状況でも同じことを思うのだろうか。


「不安か?」


 カイルは声のトーンを下げて言う。

 もともと、フルフェイスの為くぐもって聞こえるが、さらに声が低く聞こえる。


「そう見えますか?」

 

 精一杯平静を装って応える。 

 

「抱え込むな……。お前はモンスターとの命のやり取りそのものが初めてなのだろ!? 見ていればわかる。それでも、あらゆることを瞬時に吸収する才能に恵まれている。それが神の恩恵だろうと、生まれながらに持ち合わせたものだろうと、はたまた後天的に拾った力だろうと使いこなせればみな同じだ。自信を持て。力を持つものは責任が伴うのだ、今後それを果たす時が必ず来る」


「ノブレスオブリージュ……。それをまさか俺が口にすることになるなんてな」


 フランス語にそんな言葉がある。俺には権力も財力も、はたまた一学生だった為社会的地位も些細なものだった。

 それが異世界に召喚された為に、生涯付きまとうことになるなんて思いもしなかった。

 これだから人生は面白い。

 

「私も割り切れていないけど、アマトよりも16年も早くこの世界で生活してるとね。慣れちゃうんだよ。はじめのころはモンスターは怖かったし、私にはどうにもできない存在にだったけど。次第に魔法が使えるようになればむしろ、自分自身の成長の為に、モンスターを糧にしている私がいたの」


 ユイナは年月をかければ次第に考えや性質が、変わることだってあるという事を言っているんだ。 

 それも一度すべてをリセットした状態からであれば順応することも容易いのだろう。

 

「みんなには心配させてばかりだな……」


「仲間だからね」


「よし!! 切り替えていこう!!」


 俺は気合を入れ直し、しっかりとした足取りで歩み始めた。

 あまり休んでいる余裕はなく、一呼吸おいてすぐ隊列を組みなおし再び前進を開始した。


 ユイナも先程の戦闘で体力は著しく消耗しているが、歩きつつ息を整えてもらうしかない。

 なぜ、休憩をとることができないかと問われれば、俺でも理解できる。


 置き去りにされた血肉に群がる、上位の肉食獣が遠吠えを周囲に響き渡らせているからだ。

 先程から、幾度も斬った鹿とは性質が異なる。

 食物連鎖の上位に立つ位置に君臨するモンスター程、総じて強力かつ狂暴。


 人間が上位に位置する昨今においては、武器を巧みに操れば武器を持たぬ野生のライオンと渡り合うことができる。故に最上位である。

 しかし、この世界においては必ずしも武器の有無では図ることなどできはしない。

 

 先刻において精霊術を纏った一撃を耐え抜き、強靭な表皮を手に入れた個体が、一種族に例外として出現することを踏まえて戦略を立てなければ、思わぬ痛手を受けることになりかねない。


「水の流れる音が聞こえる……」

 

 ユイナは懇願するかのように零す。

 わかっている。俺だって疲れたし、少しくらい休んだところでそれほど変わらないだろう。


「あの大木の向うに清流が流れる川があるが……。すぐにどうこうなることもなかろう。少し、水分の補給に立ち寄ろう」  


 カイルの指のさす方向には幅30m程程の大木が3本交互に立っている。

 迂回しなければならない程ではないが、行く手を阻むには十分だ。

 

 その高さは100mを優に超えていて高層ビルのように空へ伸び生い茂る枝葉が遮光カーテンのように太陽光を遮断し、鬱蒼としている。


「俺も休めるのは助かるな。こんな巨大な大木なんて見せられれば流石にな。それに少し足にもきてるし、足元も凸凹で思っていた以上に良くないときた、平地とは大違いだな」


 草原地帯を歩いて来た時はばててしまうほど疲れたりはしなかった。

 『痛覚耐性』が内側来る痛みも和らげる為、単純に疲労感のみが全身に重くのしかかる。


 右回りに大木を回り込むように進んでいくと、水が轟音を立ててて流れ落ちる音が響き渡る。

 森の切れ目を抜けると湖畔に出た。

 透明に澄んだ水辺は周囲を完全に樹木に囲まれている。

 即ちここがまだ、森の中であることを意味する。


 音の正体は西の方角に見える幅100m程の大木だ。

 中央には大穴が広がり盛大に水を吸い込んでいき、恐らく向う側では滝となって噴出しているのだろう。

 湖を塞ぐように根を張る樹木の中央に穴が開いたことにより、あちら側では新しい川ができていてもおかしくはない。


「ここの水はそのまま飲んでも問題はない。常に湧き出す水が浄化された清潔な水であることは確認済みだ。森で吸収された雨は浄化され地下に埋蔵されていく。間違っても停滞している水には手を出すな」


「師匠は詳しいですね。この森に限ったことではなく、なんでも知ってるようにさえ思います」


「年の功というやつだ。我も齢200を超えている……。もう数えるのもやめてしまったがな。ジルの奴も我からすればまだまだ子供だ」


「というと、俺が一番年下ってことになるのか。ユイナはさんじゅ……うっ」


 腹に鈍い痛みが背中まで伝わってくる。


「何言ってるのかなぁ、アマトくぅん!? 私は16歳だ……よ」


「冗談だって、悪かった」


「まあ、私もストレス解消ができて助かるけど、あんまり調子に乗っているともう二度と打ち込めなくなっちゃうよ。私が……ね」

 

 にこっと満面の笑顔でユイナは小首をかしげて見せるが相変わらず目が笑っていない。

 だから、それ怖いよ。いや、可愛いけど……やっぱり怖い。


「ごめんなさい」


 好きな子にはちょっかいを出したくなるっていう真理。

 まあ、これだけ容姿端麗な美少女だと冗談でも言わないとまともに離せなくなる年頃だったりするわけで。

 

「それよりも、先生のことを教えていただけませんか? 気になっていたんです。お父さんとの関係、国の事、教えてください」 

 

 ユイナの興味はカイルの昔ばなしへと向かっていく。

 俺は、この世界のこともそうだが身近な人間のこともよく知らずに助けてもらってばかりいたんだな。

 

 カイルはフルフェイスの兜を外すことなく話し始めた。

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