第15話「精霊術~華麗なる乱舞」

 樹木の間を縫うように体長2m前後、大きいもので4m程であろうか巨大な枝分かれした角にまだら模様の体躯の鹿が樹木の隙間からはっきりと見えた。

 

 個体数が63体という事から、レベルは様々だが上位個体がうまく統率しているのだろう。  

 乱れぬ足並みからも練度が垣間見れる。


 距離は見る見るうちに詰められていく。

 何もなければ時速80kmで走るほど鹿は足が速い。

 まして、ここは異世界である以上それ以上のパフォーマンスは持ち合わせているはず。


『セルバエラフィ レベル11~43』 備考:速度 最速150km

 

(ん!? 備考なんて今までなかったぞ……)

 

 恐らく、スキルは使い込むことで進化していき上位スキルのなるのではないだろうか。

 判断材料がないので確認のしようもない。

 やはり、『モンスター情報表示』は依然そのまま何も変化がない。

 要、検証と言ったところだな。


 おっと、今はそれどころではない。

 いずれ何らかの変化があるだろう、その時になってからでも遅くはない。


 それよりも、打ち合わせ通り確実に自分の役割をこなしていかなくてはいかない。

 ユイナは一度拡散した大気の流れを再び、身に纏い無数の旋風が幾重にも発生し成長していく。

 そして、複数の竜巻へと姿を変えたとき攻撃に打って出る。


「竜巻乱舞!!」


 一つの竜巻で4~5体を巻き込んで上空へ巻き上げていく。

 まだ、慣れていないせいか竜巻の大きさもせいぜい半径5m程しかなく群れをまとめて分散させるには至らない。

 

 それを独自のステップと、状況判断により即時空気の流れを生み出す。

 その都度竜巻を作りだし、セルバエラフィが地面に到達する前に舞い上げる。

 一度でも地面に到達すれば、追尾は容易ではない。


 俺が最後の一頭を屠るまで続けなければならない。

 回転するようにステップをし、360度すべての敵を目と大気の流れで追わなければならず、全討伐は火急を要する。

 

 唯一救いなのが『完全空間把握』のスキル効果によって、樹木の死角になるところでさえ全て完全に把握しているという事である。

 スキル範囲はそれをほど広くはなくとも能力の効果があるからこそ単発の攻撃で的確に狙うことができている。

 それでも、足元がおぼつかなくなっているのは体力と精神力の消耗が限界に近いからだ。


「よし、これで11体目!! 残り52体。急がないと不味いな」


 単体では、臆病で逃げ惑う癖に、2体では反撃するようになり、3体で狂暴な獣へと姿を変える。

 その戦闘力は、一気に跳ね上がる為3体を相手にするならば一度距離を置き一度分散させてから一体ずつ相手をした方が圧倒的に効率が良く、2体なら少々の怪我は覚悟で一体を確実に倒した方が幾分か早い。


 どれだけ緊迫した状況だとしても、常に冷静に周囲を分析し最適解を導かなければいけない。

 本来であれば、この群れ以外にも注意を向けなければいけないが今回に限っては後方の守りは保障されている。


「一体離脱を試みた愚か者がいたので、始末した。残りは51だ」


 カイルは無造作に腕を振り下ろすと、遠目に見えたモンスターは爆砕する。

 直接触れずにエネルギーを送り込んで爆砕したように見える。衝撃波が貫通した樹木には損傷が見られなかったためだ。


 「すいません!!」


 しくじった。相手の逃亡は新たな増援を呼ぶことになりかねない。

 目的はあくまでも修行の為であって、課せられるハードルが高ければ高い程効果は絶大。

 生き残ることでも、追い払うことでもない。 

 

 カイルはこの有象無象のモンスターなど一瞬にして消し去れる。  

 その力が行使されるという事はペナルティが課せられたのと同義。

 

「周囲にもっと注意を向けろ。場合によっては手傷を与えて動きを封じてから次の標的を確認するようにすればいい。殲滅する時間が同じならばその過程などにこだわる必要はない。常に最善であればおのずと結果につながる」


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 かれこれ20分近く連続で精霊術を使うことによってユイナは疲れが限界に近付いている。

 残りは後32体と全体の半分程倒したが、このペースではもう体力の方が持たないだろう。

 

(考えるんだ。同じことをしていたら何も変わらない)

 

 強引だけど、これしかない。

 カイルは確かに言った『精霊と契約すれば精霊術が使える』と。

 そして、エルフは妖精の一種だと。現実ハーフエルフのユイナは他の精霊と契約せずに精霊術を使っている。

 

 俺はユイナとパーティーという契約をしている。ならばマナをユイナから経由して集めれば理屈では俺も精霊術が使えることになる。

 もちろん、それはユイナの負担が増すことになるがこのままジリ貧になれば不利なのは数で劣るこちらだ。

 

 後は消耗しきっているユイナが提案を受け入れてくれるかどうか。


「ユイナ!! 悪いが大気のマナを俺に送ってくれないか。もちろんこれ以上負担をかければ辛くなるのはわかってる。俺に力を貸してくれ!!」


「はぁ、はぁ、はい……。や……る」


 声を出すのも辛そうで、返事は短く肯定して見せただけだった。

 しかし、ステップからの竜巻の連続追撃の合間に、風の流れを俺の方へ徐々に送る経路を確立する。

 微々たる一本の流れが糸を紡ぐように確実に想いを届けてくれる。


「必ず決めて見せる。すまないがもう少し頑張ってくれ……」


 俺はこの流れを断ち切ってしまう前にガルファールへと、意識の回路を結ぶ。

 ガルファールは俺の此れからしようとすることを全て、理解しているかのように具現化していく。

 高速回転する疾風が刃を煌かせる。


「全ては一瞬! 旋風瞬刃波!!」

  

 旋風を鋭い刃に乗せ横一文字に放つ。所詮は水平の射程範囲10mとはいえ、6体をまとめて上下真っ二つに切り裂き、範囲に入った樹木も巻き込んで切り裂いた。


 倒れる樹木に巻き込まれる形で3体も余剰で下敷きにしたのは思わぬ誤算であった。 

 この時点で残りは23体と半分を割った。


 俺は3m程ユイナから離れるように移動したにも関わらず相変わらずエアーラインは繋がっている。

 絶えず供給されるマナ。

 

「もう限界……」


 両膝をつきつつも、エアラインは切断せずにいるが、複数に打ち上げていた竜巻による攻撃は止まる。

 全ては俺の最後の一撃にかかっている。 

 失敗すれば後がない。無防備になったユイナも危険にさらされる。


 今あるすべての風を集めて、刀へ定着。それでいて供給は常に持続しぎりぎりまで溜める。

 これが最後のチャンス。最初の一体が地面に到達直前に放つ。


「これで、最後だ!! 烈風瞬刃波!!」


 最早回転することもない強烈な風の刃そのものが押しつぶすように、落下するすべてのセルバエラフィを叩き斬っていく。

 一際大きい個体が地面に落下する。分厚い表皮により致命傷にはならなかったようで、まだ息がある。 

 

「お前で、最後だ!! チェックメイトだ……」


 全体重を乗せた『烈風・月極燕落とし』を放つ。

 左右に両断し、役目を終えたように纏っていた風が霧散していく。


「ユイナ、立てる?」


 膝をついて肩で息をする少女へ手をそっと伸ばす。


「大丈夫……。じゃないかも」


 手を取って立ち上がろうとしたが、ぐらっと倒れそうになるユイナを抱きかかえるように受け止めた。

 お互い疲弊しきっていることもあって、危うく引き倒されそうになったが精一杯踏みとどまった。

 流石にこのまま倒れたら情けないという思いが脳裏をよぎったからだ。


「助かった。あそこで力を分けてくれなかったら俺の方が先に倒れてたかもしれない」


「やっぱり、アマトは凄いよ。私が思いもしないことを思いつくし、状況に合わせて的確に判断して実行するなんてなかなかできる事じゃないよ」


「俺一人じゃ何もできないさ。結局、最後まで他人任せにしたんだ。偶然が重なってうまくいったと思ってる」


「それでいいと思う。いえ、私は頼られて嬉しかったよ。誰にも頼ってもらえないなんて悲しいじゃない。頼ることも頼られることもないってことは互いに必要としてないって事じゃないかなぁ……。もう一度言うね。嬉しかったんだ。ありがとうアマト」


「こちらこそ、ありがとう。これからも頼りにさせてもらう。もちろん俺は頼られるくらい強くなる」


「一緒に強くなっていけばいいんだよ」


「そうだな」


 少し、ユイナとの距離が近くなったような気がした。

 何も戦闘を有利に進めるのは個人の力量だけではない。

 絆が強ければ、思わぬ形で他を圧倒することができるやもしれない。

 

 こうして、修練は始まる。

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