第12話「少女の拳は疾風怒濤!!」

 柔らかい感触と、いい匂いに包まれながら目が覚めた。


「ぉっ!」


 思わず大声を出しかけて、すんでのところで声を抑えた。

 漫画なんかでよくある展開。大抵この後に起こることは予想できる。

 お約束通り、起きたヒロインに主人公は無情にもぼこぼこにされる。

 

(危ない危ない)


 俺はそんなに愚かではないのだよ。余裕を無理やり繕いつつ行動に移ろうとする。

 起こすことなく華麗に抜け出して見せる。

 美少女に抱き付かれているという状況がすでに、幸運な状況だとはこの時は思いもしない。

 幸と不幸は隣り合わせでどちらに転ぶかは神のみぞ知るところ。


(んっ!?)


 完全にホールドされてしまっていて抜け出すことができない。

 動こうとすると余計にしがみついてきて、態とやっているのではないかとすら思えてくる。

 本当は起きていて、からかっているだけなのだとしたら……。

 それはそれでえげつない。

 

 どうやら本当に寝ていたようだ。 

 

 顔を真っ赤にして、無言で顔面に拳を捻じ込まれたから判明したのだが……。

 回転を加え尚且つ風を纏った拳が眼中に吸い込まれるように見えた際にふと思った。


 銘々『疾風怒涛拳シュトゥルム・ウント・ドラング・ファウスト


 魔法の才能があるんだから体術と魔法の組み合わせも可能なのか。魔法を取得したら新技の開発も面白いかもしれない。


「何!? 殴られてニヤニヤしてるの……」


 既に羞恥心より、虫けらを見るように蔑視されていた。


 『俺が悪いの!?』と言おうとして、一呼吸。

 誰が悪いのかということではもちろんない。

 人間、社会で生きていく為には礼儀、協調性に重きを置きプライドはその辺の雑魚モンスターにでも食わしてやればいい。

 

「申し訳ない!! この通り!! この通り俺が悪かった!! 許してくれ!!」


 まさに土下座ラッシュ。もはや土下座そのもの。土下座をする機械。ここまでやればどうにかなる。

 社会に出てもこれで乗り切れるって、叔父さんが言ってた。……ような気がする。気がしただけで言ってなかったような……。 


「わ……私もちょっと叩いちゃってごめんなさい。それよりもやめてもらえる? 本気で殴るわよ」


 どうやらお気に召さなかったようです。

 ちょっと調子に乗ってたのは悪かったと思うけど、それより聞き捨てならないことをおっしゃいましたよ。

 『ちょっと叩いた』ってことはないかと……。

 これ以上言うと藪蛇になるから言わないけど。


「ごめん」


「わかればよろしい」


 だんだん狂暴化しているように、感じるのは俺だけなのか。無論ここには他に誰もいないので自問自答する必要性すら皆無なのだが。

 

 ガチャッ


 いつも絶妙なタイミングで現れるカイル。まるで見計らったかのように扉が開かれる。防音なんかできてないだろうから、話は筒抜けになっているんだろうな。なんて思ってしまう。


 それほど大きな家ではないことは昨夜確認していたのだから、気を付けていれば聞かれなかったとは思う。

 木造のさながら、森の中のログハウスといったところでは防音は期待できない。

 

 間取りは、玄関、竈があるリビングから右から順番にトイレ、浴室、書斎、寝室に分かれている。

 中でもリビングは広くゆったりした作りになっていた

  

「朝食の準備は出来ている。食事を済ませ次第準備を整えて行くとしようか」


 台所兼リビングに移動し、食事を済ませることにした。

 昨晩は、体調のことを気遣ってだろう。寝室のテーブルまで料理を運んでくれていた。

 今はリビングのテーブルに食事の準備がされていた。


 パン、サラダ、牛肉のステーキのようなものとスープとバランスが良さそうなラインナップ。

 牛肉のような何とも言えない味と歯ごたえに舌鼓を打った。

 この手の食べ物は知らない内が幸せっていうからな。

 敢えて何なのか聞かずに通すことにした。


 実は、ヴーエウルフなのだが……。

 俺はなんとなく察しつつも、触れないようにしていたのだ。

 何気なくスーパーで加工されたお肉を買っていた。実際に加工前の生きていた姿を見てしまうとどうにも抵抗を感じてしまう。それは同情、哀愁、嫌悪なのか定かではないがやはり知らない方がいいと思った。 


「アマト、このお肉おいしいね。こっちに来てから初めてだよ」


「そうだねー、おいしいねー」


「ああ、それはお前たちが倒したヴーエウルフの肉だ。実は我も食したのは初めてなのだがなかなか美味だな」


 まあ、こういう流れになるだろうことは予想はしてたけどね。

 全く期待を裏切らない連中だな。

 

 朝からなかなかスタミナのある食事を済ませた。


「我は片付けを済ませたら外で待っている。準備ができ次第来い」


「後片付けなら私がやりますから、任せてもらえませんか? お世話になりっぱなしというのも申し訳ありませんし」


 ユイナはそういうと有無を言わせずテーブルの上の皿をそそくさと纏め、綺麗に拭いてその場を後にする。

 まるで、高級レストランのウェイターのように手際が良く気品も備えている。


「すまないが任せる」


 そう言ってカイルはそのまま出ていくが、手荷物も装備も準備していないように見えたが。 


「アマトは先に部屋で着替えてきていいよ。準備出来たら戻ってきてね。私が着替えるから」


「手伝おうか?」


「ありがとう。でも、これくらいならすぐ終わるから大丈夫だよ」


「それじゃ、さくっと着替えてくるから」


 身支度の為に、一旦寝室へと戻る。

 すぐにスーツを着る。さらに小手等の防具を装着していく。 

 初めて着たときとは全く別の感覚。

 

 強いて言えば着ているというより、一体化しているといった具合だ。

 本来は小手の厚みと硬さがあれば外から触れたところで、感じることなどできはしない。

 しかし、触れれば直接肌に触れているかのような感触。まるで装備そのもがなくなってしまったかのような錯覚。

 

 ガルファールもまるで重さがなくなったかのように軽い。

 腕を上に翳してみて、腕が重いと思わないのと似ている。

 一つの魂を持ち自分とは違う存在であったとしても、自分の血と心を宿したことにより苦肉を共有する真の相棒となったのだ。

 

 リュックを左肩に軽く背負いリビングへの扉を開く。

 ユイナも片付けは終わったようだ。


「ユイナ、交代! 俺の方はもうすぐにでも行ける」


「私も着替えてくるね。ちょっと待ってて」


「了解」


 ユイナが急ぎ足で寝室へ向かう。

 女の子は準備が長いって聞くからな。どのくらい長いのか全く想像できない。

 30分くらいかな。60分もっとかな。

 なんて思っているとすぐ戻ってきた。


(誰だよ、女子は準備に時間が莫大にかかるなんて嘘吹き込んだのは!!)

 

 実際にそんなに時間をかけていたら、体育みたいな着替える授業などできるはずもなく着替えに半日かかるなど都市伝説だ。

 

「また、おかしなこと考えてたでしょ?」


 アビリティによるものなのか、ズバリで心の内を当ててくるユイナ。鋭い感性をお持ちのようだ。

 

「そんなことよりも、早く行こう!! カイルを待たせるのも悪いしさ」


「そうね。明るいうちに森を抜けないといけないし」


 心を引き締めて、扉を開く。

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